2010年12月31日金曜日

今年も色々ありました。

あとわずかで2010年が終わります。
今年も色々ありました。
1月:1回目の手術後ホテルでの仕事復帰。このホテルは尋常じゃないくらい人使いが荒いので、3月にまた手術を控えている私としてはここで働くのをやめました。だって・・・朝9時に出社して、夜中2時まで色々体を使うような仕事して(寒い中)、次の日8時に出社して、夜12時に家路につく。
そんな事が1週間に必ず1度以上はある上、他の日も大体朝10時から夜10時まで。休みだって前日にいきなり有無を言わせず返上になったり、もうもう、それはそれは大変でした。「病み上がりだからといって他の人より配慮するということはできない」と言われたので、後悔もなくさっぱりやめられましたよ。契約通り、朝10時から18時までってのにしてくれればいいだけだったんだけどね。
2月:3月の手術までの間暇なので、一日バイトの派遣に登録。サッカースタジアムでの初のバイトや、スーパーのポイント受付などをしました。お金を稼ぐって大変なんだなあと改めて思う。寒い中スーパーのポイント受付をしていたら、その日から数日下腹部痛。無理はしちゃいかん。でも金はない。八方ふさがりな気分がした月だったなあ。
3月:初めての全身麻酔による手術にびびる毎日。意識がなくなるって、死んでるみたいじゃん。。。
今でも嫌だ。でも友達や親が気遣ってくれるのがありがたい日々でした。
4月:友達が東京や神奈川からお見舞いにきてくれました。あれは嬉しかったなあ。そしてこの月の前半に退院。帰る途中、車が道路のマンホールの上を通るたびにその振動で「イテテテ・・」と言う自分にびっくり。道路の真ん中にマンホールが多い事にもびっくり。なぜあそこに作る!!!退院後1週間はぐったりしてたけど、桜の時期に桜を見ぬとは日本人としてけしからん!と思って近所の公園に行って、痛い目にあいました。手術後初の生理。もう痛くて痛くて、歩けませぬ・・・後半から、あまりの便秘のひどさにピラティスの個人レッスンを受け始める。
5月:友達が退院祝いをしてくれました。でも東京で(笑)私が一番遠出(あ、兵庫からの友達が一番か!)まあ飲むきっかけになってくれればいいんじゃん?ってな感じ?私の誕生日もあったので、それに気付いた人はプレゼントをくれました。
6月:まだ体力が復活しないのでダラダラ過ごす。
7月:そろそろ、本当にお金もないし、働かなくては・・・アルバイトでいいから・・・・再発の恐れもありながらだったから、がっつり働けない、でもお金がないからあんまり安い時給でも困る、など色々が不安にさせました。でも手術後初の膀胱鏡検査で、驚くほどの美膀胱を手に入れたとわかった瞬間、号泣。色んなものがふっきれた。
8月:職安とか行くけど、事務って人気あるんだねえ。全然受からない。っても3社かな?ひとついい線いったところがあったけど、面接の前々日に募集自体を取り消しますとの電話。その後倒産致しました。
9月:派遣にいくつか登録してみた。テンプに登録したその日に一つエントリーし、次の日会社訪問、そのまま決まるという超スピード決定に驚き。何はともあれ、これで働けるのか。でも仕事にてこずる。覚える事たくさんで、もーーーー負けそうだ!!
10月:特に何もないかな。金が無い時のツケが全て払い終わった時。やっと自分にお金がつかえるようになった事に嬉しくなる。
11月:初めての派遣での会社の契約がきれる。ありがとう皆さま!本当に暖かく接して頂きました!
12月:次の仕事先が決まる。毎日の7時50分から始まるラジオ体操にがっくり・・・しかし、みんなのラジオ体操姿があまりにも面白く、ちょっと新しい楽しみの一つとなっている。あそこまで音楽を無視して体操できるおっさんたち。グレイト!!!

病気に始まり、仕事を決めるのに苦労した1年でした。
病気で働けないって、こんなに辛いんだって思いました。
そんな事を知る事ができただけ、もうけもんってとこですな。
来年は、マイナスからのスタートではありませんから、前進前進!

2010年12月29日水曜日

はーやっと年末年始休暇突入!!!

ほとんどの企業は28日が仕事納めだというけれど、
私の行っている会社は今日でした。
まあいい。今まで年末年始?なんですかそれ?っていうところしか
勤務したことなかったのだから。
さ、暇な寝正月でも過ごすとするか。

関係ないが、私はとある女性Kさんが定年退職するというので、
その後釜として働いている。
Kさんは親切だった。私は人見知りなので、グンと人一倍テンション上げて
行った初日に、とても気さくに話してくださった。
その日仕事をいくつか教わったが、その後Kさんは来なくなった。
相当な書類を溜めたまま。
しかも必要な保存用ファイルをいくつか廃棄して。
仕事を教えてくれる人はもう一人いるけれど、その人もその仕事をしなくなって久しいので、
一つ一つ思い出しながら教えてくれている。
でもどうしてもわからない所が出てくるけど、どうしようもない。

聞くところによると、このKさんは会社で問題児だったらしく、
最初は他の部署にいたけれど、仕事ができないので他の場所に変わり、
そこで無断欠勤を数回行い、また他の仕事に回された時にぱたっと来なくなり、
やっと1週間後に来たかと思えば、精神的な静養が3カ月必要との診断書を持ってきた。
しょうがないので、会社も3カ月休みを与えた。
3ヶ月後、今の部署で復職したKさんは、ある一人の女の子をいじめた。
それが問題になり、注意を受けた。

そういう前科があるせいか、上司から最初に
「もし何か言われるような事があっても本気にしないで流してね。きつい事言われたら言って来て」
と言われたけど、元来いじめっ子の私にとって、そんな事なんか微塵も怖くない。
それとは裏腹にとても親切にしてくださったので、なんだそんな心配いらないじゃないと思った矢先に来なくなった。

会社の上の人も電話を何回もしたらしいが、社会人とは思えないような内容で、らちがあかないのだそうだ。

そこで思う。定年退職なのだから60歳。勤務も数十年してきた。
その最後がこういう結末って、嫌ではないのかな。
嫌ではないから自分でそうするんだろうけど。
でも、みんなに迷惑をかけて、うとまれたままやめていくのって、寂しいよなあ。

なので、私の最初の仕事は、なくなったファイルを一から作る事でした。

2010年12月26日日曜日

Happy Christmas


Yesterday was christmas day.

I was listening to Happy Christmas by John Lennon.

The lyric is so great and makes us think about peace and freedom.

I think christmas isn't just celebration of birthday of Jesus.

The meaning of it is over birthday's one.


''War is over if you want it''

I hope christmas become great oppotunity to stop war,attack and any strrugles.
Jesus must wish that.


John Lennon had wanted all people to be happy.

I agree with him really.


2010年12月25日土曜日

浅田真央に泣けてくる

今日の全日本フィギュア女子SP。
ジャンプの調整中の為ずっと大会では結果が出なく、辛い思いをしていた浅田真央がついにやった!
しかも安全牌を選ぶのではなく、トリプルアクセルに挑んだ。
多少着地がスムーズではなかったものの、見事成功。
こうなれば浅田真央は強い。
元々のレベルが他の選手よりも高いものだから、着地を多少失敗しようと文句なしの1位。
大会で結果が出ない日々は本当に辛かったと思う。
投げ出したくなる時もあっただろうし、インタビュアーに質問されるのも嫌だった事だろう。
でもこの20歳の女の子は不機嫌な顔も見せず、けなげに自分への挑戦を怠らなかった。
これって、誰でもできる事ではない。
少なくとも、私にはできない。
私だったら、絶対誰かに辛いよー辛いよーと泣きつき、インタビュアーの質問におそらく
これ以上話しかけるな!!
という空気で体の周りを充満させていただろう。
挑戦し続ける姿ってのは、なぜこうも胸を打つのだろうか。
昔、トリプルアクセルを飛べなかったけれど結果は1位という試合で悔し泣きしたVTRを見て、
美輪明宏は、
「素晴らしいじゃないの。これがプロってものよ」
と大絶賛だった。
バンクーバーで銀メダルに悔しい表情の時は、イチローが、
「誰も成功させていない偉業を成功させて、世界で2位になって、それでも悔しいっていうんだから、どれだけすごいんだ!」
と感嘆のコメントを出した。
大抵オリンピックで力を出し切った選手は体も精神的にもボロボロになるらしい。
キムヨナもロシェットも今休養しているのはそのせいで、その中で、ボロボロでも、調子が悪くても
その姿をさらけ出す浅田真央ってのはやはりすごい。
必死な姿は人に勇気を与える。
頑張れ!真央ちゃん!
調子が悪くてもなんでも、挑み続ける真央ちゃんをいつも応援しているよ!

2010年12月23日木曜日

ニュージーランド一人旅行 Auckland to Bay of Island


さあ、久々にニュージーランドの一人旅行の事を。

Waitomoからバスにのり、Aucklandへ。

昔の首都、ニュージーランド最大の都市です。
とは言っても、東京で長々と暮らしてきた私にとっちゃーそれほど都会とは思えない。
イメージとしては、神戸?かな。
ヨットハーバーがあって、丘があって。






オークランドでバイトしている友達と会うために、昼間時間潰しに色々歩いてみた。
どうやら大きな公園があるので、そこまで行ってみる事30分。
木がたくさんあり、小さな池にカモがたくさんいたり、小さいけれどトレッキングコースもある。
ここに住んでいたら時々は気晴らしに来たいような公園。

中心街からここまででめぼしい店などはない。
というよりか、開いてる店がほとんどなかった。

NZに来て思うのは、もしかわいい小物とか雑貨などを期待しててはダメよという事。
そういうものはやはり日本のが圧倒的にある。
でも、オープンスタイルのバーが数多くあるので、そういうものを楽しんだらいいと思う。
もちろん、郊外でのアウトドアの観光などは最高ですよ。

話はそれたけど、Aucklandに来たらやはりのぼっておこう。スカイタワー。

ここの上からバンジーっぽいものができるらしいけどそれは遠慮しました。
上まで登るのにいくらだったっけ?20ドル位??忘れちゃった。
夜登れるのかわからないけど、もし登れるなら夜のがいい。
昼間はそれほど魅力は無し。

下の写真は、Auckland駅です。
ヨーロッパ調の建物です。


うーん。。。こうやって書いてみるけど、Aucklandは特筆すべきものがないなあ。。。
船の博物館にも行ってみたけど、
うーん。。。別にないなあ。
まあ、ここは私にとって、どこかへ行く為の中継ポイントなので、それでもヨシ。

ここに2日滞在したあと、バスでBay of islandの、Paihiaへ向かいました。

こっちはどこへ行くにも高速バスです。

スカイツリーの真下にあるバス乗り場でチケットを買えるので、もしツアーなどではない自由なツアーをしたいなら、是非活用してみてください。
クライストチャーチで、全て予約していたのに、なぜ私がここでチケットを買える事を知っているのかというと、本当は別のバスで行く予定だったんだけど、予約した店が間違えてて、私が待っているところにバスが来なかったんですね。

なので、そこに電話したら、謝ってくれた上でこの高速バスの予約を即効予約してくれたのでした。

もちろん料金はそこの会社持ち。
あんなに早朝に起きたのに・・・とは思ったが、ベーグル屋で朝食を食べて時間を潰しました。

Bay of islandに行くのはCape Reingaを見る為です。
NZ最北端にある岬。

マオリの人たちはこう信じています。

マオリの人は亡くなると、魂がNZ全土を駆け巡り、このReingaを抜けて、故郷であるHawaikiへ帰る。
Hawaikiがどこなのかはわかっていないそうです。

Reinga岬はとても神聖な場所なのです。

2010年12月19日日曜日

神戸旅行 3

神戸について3日目。
念願の手塚治虫記念館へ!
別に手塚治虫のファンではない友達を一緒に連れてくのは気が引けるけれど、せっかく近くまで来たのだから足を運ぼう。
宝塚の駅を降りて歩く事10分弱。宝塚歌劇場の近くにこじんまりと記念館はあります。
まず目に入るのは、手塚治虫のライフワークと言われる
「火の鳥」
見よ!この神々しいまでのお姿を!


命とは、人間とは、生き物とは・・・
それをテーマに、火の鳥は13巻から成り立っています。
残念ながら未完ではあるものの、一つ一つの話が完結しているので、
読んでみる価値大アリ!


火の鳥の横を通り入口に向かう途中の壁や床を見ると、
名物キャラがお出迎え。
サファイア王子
言わずと知れたブラックジャック

かわいい・・・チビレオ
やはりこの子なくしては語れない。アトム。

地面にはヒゲオヤジの足跡と手形。かわいい♪

そして中に入るとジャーン!等身大?サファイア王子お出迎えーーー!


中には小さい頃から書き続けてきた手塚先生の漫画などが展示してあります。
本当にかわいいタッチで、見るだけでほんのりゆったりする漫画。
動物や昆虫にも愛情があふれている数々の漫画は、本当にたくさんの人に見てほしい。
手塚治虫は、このかわいい自身の絵を下手な絵だと思っていて、
もっと細か表情などを書けないものかと苦悶するんですね。
手塚治虫をしたう一人に大友克洋がいるんだけど、彼の絵を絶賛しておりました。
そう、AKIRAを書いた人です。
私は彼も大好きです。

この記念館は子供も楽しめるようになっていて、
2階には手塚治虫の漫画を読めるスペースもあります。
ずーーーっとそこで読んでいられるなんて、ステキだ・・・
もちろんアニメも見られます。
その気になれば1日中、いや、ずっと通って見続ける事もできる。

地下に行くと、今度は簡単なアニメを自分で作る事ができます。
もちろんやってみたよ!
このつたないアニメをご覧あれ。



イラストを1枚書いて、その上に紙をひいてもう1枚書いたものを
データに取り込んで再生してくれます。
他にもパソコンでアニメで遊ぶ事もできます。

本当に、アニメを見て欲しい、夢を持ってほしい、
そういう記念館の雰囲気は、手塚治虫が求めたそのものを引き継いでいるんでしょう。

手塚治虫のVTRを見る小さな映画館のようなものもあります。
どういう経験でこの作品を書いたか、
どういう事を考えていたのかなど、15分位紹介してくれます。
最後に流れるイラストがとても印象的です。
手塚治虫とたくさんのキャラクターがその場を離れるように
歩いて行く絵

手塚治虫は志半ばで亡くなったけど、
こうして今も天国でたくさんのキャラクターと一緒に過ごしているんだね。

帰りに気づいた、入口の横にあるクリスマスツリーのオーナメント。
・・・かわいすぎる・・・
お茶の水博士。というか、サンタっぽい。

うぎゃーーかわいすぎる!アトム!

そう、このお方も名わき役です。ひょうたんつぎ。

心のこもった、ただの展示会などではないこの手塚治虫記念館。
兵庫に行った際は是非お立ち寄りを。
心がほんわかして帰ってきますよ。

2010年12月16日木曜日

膀胱の症状

私が最初に今回の病気で病院に行った理由は、
もちろん生理のたんびの排尿痛、腰痛、下腹部痛の為もあるけれど、
下腹部の左側の表面に近い所にいつも痛みを抱えていたからだった。
それほど大した痛みではないので、別にいいかとも思っていたけど、
あんまりずっと同じ所がいたいもんだから病院に行ってみた。
先生にこの痛みの事を言うけれど、調べてみてもなにもなさそうだった。
最終的に、内膜症で膀胱を3分の1切る手術をして、痛みは消えた。
先生も言っていたけど、どこかの悪い所の痛みが飛んできたというとこが原因だろう。
私は左卵巣にも内膜症を持っているらしいのだが(たいしたことないレベル)、
その痛みが飛んできたのかと思ったけど、手術後になくなってるってことは
やっぱ膀胱の子宮内膜症の痛みが飛んだって事なんだなあ。
そして今、右側の下腹部表面側にチクチクした痛みがおこってきている。
筋肉の痛みともとれるのだけど、はたしてこれは?

私の持っていた内膜症の腫瘍は、膀胱の内側の子宮側に発生し、外側から子宮に
癒着していたので、膀胱の正面と患部の子宮側の2か所を切っている。
膀胱っていうのはだいたいにぎりこぶし位。
こんなに小さいのに、2か所も切ってしまってごめんね。

2010年12月13日月曜日

神戸旅行 2

姫路城から帰り、どうせなら混んでいようとルミナリエを見ようと思い、三宮から歩いて元町方面へ。

歩行者の交通規制を広範囲で行い、まるでディズニーランドの行列のように、うねうね歩行者天国になっている道を大人数で歩く。

あれ?私デモ行進してる?
と一瞬思うも、
あーあーそうだ、ルミナリエ見る為だったと我に返る。

「60分待ち」

との看板まである。
はー・・・大変だ・・・
でも歩いているからそれほど苦にならず。
30分ほど歩いた後だろうか、曲がり角を曲がると
キターーーーーーー!!!

ルーーミーーナーーリーーエーーーーーー!!!
黄金のアーチが目の前にある!
これかあ、初めてクリスマスのイベントみたいな所に来ちゃったぜ!
と思いきや、ルミナリエはクリスマスの為ではない。

阪神淡路大震災の被災者の慰霊の為なのです。

そんな思いを胸に占め、被災者の事を思いながらアーチをくぐりぬけました。

もちろんルミナリエ募金もしましたよ。



アーチが終わり、これで終わりかと思うとそうではない。
その先には光の宮殿が待っていたのです。
はーーーー。すげえ事でござんすなあ。(壬生義士伝風)
帰ろうと思ってたくさんのテキ屋を素通りしていると、
「市役所展望台無料開放」との文字。
市役所はルミナリエ会場のドまん前にある。

おお!上空からルミナリエを見られるのか!

出来る経験はできる限りするというのが今年の目標。

もちろん登りました。


バックに神戸の夜景が見えているけど、そこは安いデジカメ。綺麗には写らず。

でも、全てを写真に頼るってのはよくないと思うんです。
ちゃんと見て、目に焼き付けるって事も大切。
なので、しっかり見て、震災の事を考えてきました。

関東出身在住の私だけど、いつ大きな地震に巡り合うかわからない。


そんな事を考えつつ、他の地域でなった時にはやはりちゃんと募金などできる事をしようと誓うのでした。

2010年12月9日木曜日

仕事始め

新しい仕事が明日から始まる。
あーきのりがしない。
なぜなら、会社訪問の時に嫌味を言われ続けたから。
派遣会社の営業さんも一緒だったんだけど、私の資料に、キーボードを打つ速さなどが明記されているんだけど、
「こうやって書かれてもわからないんだよねえ、1分間に何文字って言われても」
と言うので、営業さんがこれくらい速いんですよと説明してくれると、
「でも速さじゃなくて正確さだから」×2回。
そんなことわかってますよ・・・
派遣ってのは本来面接をしてはいけないんだけど、今回の会社訪問は完璧面接だった。
意欲はどれくらいあるのか
夢はあるのか
(本来絶対聞いてはいけないんだけど)結婚する予定はあるのか
こんな感じの質問ばかり。
仕事の内容を聞くと、前にやりとりしてた人事が仕事を把握してなかったらしく、
かなりの相違点があった。なんで、頭の中で、
「あれ?あれ?」
って思いながら話を聞いてしまったけど、こっちの話のが現実なんだろうと思ってメモをとりました。
私は元々マスコミで働いていた人間なのだが、そこに偏見があるのか、
「華やかな世界にいた人がこんな地味な仕事(事務)をできるんですか?」×10回
どれだけ華やかではない事を力説しようかと思ったけど、それは本末転倒なのでやめました。
そして、社内を見せてもらえるということで、実際一緒に働く人と一緒に回っていたら、その人が
「どうしてあんな事言うんだろうねえ・・・でもめったに会わない人たちだから」
と言ってくださったので、ちょっと楽になりましたよ。
結果、働ける事になったけれど、本当は人事が整理つくまでの期間という事で、1か月単位で契約の更新をしていくという話でしたが、実際契約してみたら、3カ月毎の更新という話に変わっていました。
派遣会社の人も、
「1か月って話で進めてたんですけど・・・」
と困り顔。
私からは、条件として、仕事がかなり少なく暇だとの話があったので、そこは、仕事を少しずつでもいいからできる事はなんでもいいのでまわしてほしい、という事だけつけました。
まあ、あとは決められた期間仕事を全うするのみです。

2010年12月7日火曜日

神戸旅行

NZで出会った友達が兵庫にいるので、茨城空港からひとっとび、神戸に行ってきました。

茨城空港は、狭い分とっても楽です。昔は仕事で週に1回は羽田からどっかに飛んでいたけれど、結構走った記憶あるもんなあ。

久しぶりの遠出。
空港につくと、あーーそうだあ、私こんな生活してたんだあと、昔を振り返る。
もうしょっちゅう飛び回り、全ての県を制覇。仕事だとはいえ、旅が好きなので、全然苦にならなかったなあ。
茨城空港から約1時間半、神戸空港に到着し、三宮で友達と合流。

三宮って、もっと都会のイメージだったけど、意外に高いビルとかもない。下世話な店が多いので、神戸の歓楽街ってとこなんだろうな。もちろん場所によると思うけど。ホテルの前がそんなだったので。


中華街でラーメンを食べた後、念願の姫路城へ!!
千姫ゆかりの地、池田輝政の居城、国宝であり世界遺産の姫路城です。
どーだ!!バーーーン!!



そして・・・ガーン・・・・・・

天守閣工事中・・・・・・

そのお詫びといっちゃーなんだけど、って感じで、普段は公開されていない千姫の化粧室のある櫓を公開。



城の周りを取り囲むように建てられた、攻防の役割を持つ櫓になぜ千姫が!!と思うけど、昔はもっと一回りもお城は大きかったんですね。今はこの櫓が端っこだけど、それよりももっと回りを囲むものがあったのでしょう。



櫓は結構距離が長いので、満喫できます。調度品とかもあったら尚良かったけどなあ。
櫓を出て、天守閣方面へ。
切り返し切り返しで進む道が何ともいえず当時をしのばせてくれていい。
これで天守閣が見えたら・・・と思うと非常に悔やまれるけど、また来ますよ。きっと。




城を一周し、外壁沿いに一周もし、駅に戻りました。





夜はひっさびさの焼き鳥。
やはりこっちの人は「レバー」って言わないんですね。
メニューにない。昔テレビで、関西の人は「肝」って呼ぶと聞いていたので、背肝ってのを頼んだらやっぱレバーでした。
店員さんに、
「レバーあります?」
って聞いたら、ちょっと困った顔をして、えっと・・・えっと・・・ってなっていたので、深くは聞かず、背肝を注文。おいしいって事もなかったけど、安いし、焼き鳥久々だし、雰囲気を楽しんでまいりました。

そして次の日は・・・


私の敬愛する・・・・


いや、崇拝する・・・


手塚治虫記念館に行ってまいりました!!!
それはまた後日書きます。

2010年12月4日土曜日

自動ドア

自慢ではないが、私は数年前まで自動ドアがなかなか開かない人間だった。
ドアの前に立っても開かず、ウロウロしてみても無反応。
後ろに下がってまた来たフリしても開かない。
そのうちに後ろから他の人がきて、するっと入っていく。
ここまで開かないのはそれほど回数はないけれど、
1度来ただけでは開かないというのは、5回に1度位あった。
最近は自動ドアの性能が良くなったせいか、私の存在感が増したのか
そういう事もなくなった。
しかし、今度は反対の事がエレベーターで時々起こるようになった。
ボタンを押してないのに誰も乗っていない止まったままのエレベーターが開く。
ちょうどそれに乗りたかった時もあるし、前を通りかかっただけって時もある。
これは一体なんなんだろうか?
ちなみに今日は、誰も近くにいない自動ドアが開き、5メートル後ろにいた私は
ちょうどいい感じで入る事ができた。
うーん。。。

2010年12月2日木曜日

食べ物

私はアトピーや、病気などから食べ物を昔から気をつけている。
毎日和食を食べ、元々油っぽいものが好きではないのもあり、
質素な食事にしている。
しかし!!!時々くる魔の誘い・・・
ラーメンくいてえーーーーー!!!
しかもチャルメラとかのノンフライではない麺のラーメンが食べてえ!
そして今は、
ツナとマヨネーズをあえてニンニクもあえてバターも塗ったトーストが食べてえ!!!
んで調子に乗って食べて、若干傷んだ胃をさすりながら
・・・・スマン・・・・
と謝る。
普段質素な食事のせいか、胃もそれようにカスタマイズされ、
ちょっと意外な物が入ってくると、
「聞いてねえし!!」
と言わんばかりにちょっと傷む。
でも多分それが本来の姿。胃がそのような症状を起こさない方が私にはよくないのかもしれない。
体に合わない物を食べすぎてしまうから。
でもそれでも懲りずに時々食べてしまう。
うん、食べたい時は、ちょっとだけにしよう。

あ、NZでの生活で得た一つの経験。
毎朝トーストは太ります。
99%ファットフリーと書かれたマーガリンを毎日塗られましたが
それでも太ります。
朝は和食が一番ですよ。

2010年11月30日火曜日

感謝状

今日で生まれて初めての派遣先での契約が終了となりました。
2カ月の短期ではあったけど、離れるとなると結構寂しいものですなあ。
皆さま本当に良くして頂いてありがとうございました。
この覚えの悪い脳にお付き合い頂き、根気良く丁寧に何度も教えて頂き
もう感謝に絶えません。
おまけに最後だからとランチまでおごっていただき、
大きな花束やプレゼントまで頂いて、
申し訳ない限りです。
仕事はなかなか覚える事がたくさんあったり、
私の苦手な、知らない人に連絡をとるという作業があったりと、
順風満帆にはいきませんでしたが、それでも会社の方が揃いもそろって
皆さまいい人だったので、楽しく仕事できました。
私は嫌な人がいても全く気にならない性格ではありますが、
いい人に優しい事をされるととっても弱い。
はあ・・・前に働いていた場所の、私の悪魔のような働きぶりに自己嫌悪。
これからは人に優しくしよう・・・

明日は次の仕事の会社訪問です。
どうなることやら。。。

2010年11月29日月曜日

派遣での働き方

まだ派遣経験が少ない私ですが、もし誰かの為にでもなればと思って書きます。
派遣でなかなか仕事がもらえないっていう人多いと思います。
私も登録してから1か月はエントリーするものの、いつも流れていました。
なので私のその時からの対策を披露。

1.当たり前だけど何社か登録する。
2.希望を緩めにみて、エントリーをいくつかする。
3.短期でもいいからまずは働く事が先決。
4.担当の営業さんと仲良くする。

1は言う事ないですね。
2と3はほぼ同じ意味だけど、期間が短いとその分エントリーする人が少ないようです。みんな長期を狙っているからね(特に事務職)
だけど、最初からいい案件をまわすほど人が足りないわけではない。
ならどうすればいいか。
短期の仕事で信頼をとればいいんです。(私が信頼を勝ち取ったかどうかはさておき)
すると、その期間が終わった後に、次の仕事を優先的に紹介してくれます。
この人なら任せられる、と思わせるんですね。
4は、最初に働く時などに、担当営業と話す事がたくさんあるので、その時にフレンドリーになっておこう。機嫌をとる必要はないけど、何事も信頼、絆ってとこでしょうか。
もちろん仕事をまわしてもらえるかどうかはタイミングなどもたくさんあると思う。
けど、意外にないようでかなりある仕事への条件。
まずこれを緩くしておくのが肝心。本当に仕事したいのならね。

考えてみれば当たり前なんだけど、自分が派遣元の営業だったら、あんまりわからない人より、安心して任せられるなって人に仕事は振りたいと思う。
だから、自分をいかにわかってもらえるかってのが必要なのかなあ・・・なんて思うこのごろでした。

2010年11月28日日曜日

真央ちゃん

フィギュアGPシリーズを見ている。
残念ながら真央ちゃんの成績は良くない。
今ジャンプの改良をしている最中だから
それも想定の範囲内ではあると思う。
真央復活!なる見出しがいつも番組に入るけど、
復活じゃあないだろうよ。
更に前に進む為の一歩を歩んでいるんだよ。
他の選手と同じ演技を見せるのなら、難なくこなせるだろう。
でも真央ちゃんはもっと高い所に挑戦している。
だって怖いなら、演技の中にトリプルアクセルを2回も
入れなければいいだけなんだよ。
試合では成功はしていないけど、今までよりも
遥かにいいジャンプにするために調整中。
すごいプロ根性だと思う。
こんなに成績悪い今でも、いつかはやってくれるっていう
期待をいつも真央ちゃんは持たせてくれる。
それが今じゃなくて、来年でも、再来年でもいい。
そこに向かっていく真央ちゃんを見るのがとても好きです。
前に進む時っていうのは、苦しみがつきまとうもの。
それでも果敢に進む真央ちゃんはすごい。

2010年11月27日土曜日

顔と性格

さきほどNHKで放送していた昔からのやり方でハチの巣を採りにいくドキュメンタリーを見ていた。
ハチをイカでおびき寄せて、そのハチに目印をつけて飛ばす。
あとはそのハチを追いかけながら巣を見つけ、その巣を煙でいぶって取り出すというもの。
大の大人たちが楽しそうに野山をかけまわっている。
そこに、その中の大人の子供も参加していた。
その子供は頭と足を骨折するけがをして、大好きな野球をできなくなってしまって家にふさぎこんでいたそうだ。
それを父親が外に連れ出そうと、このハチの巣見つけに誘ったらしい。
やはりそこはまだ12歳の子供。野山を駆け回るのが楽しいようで、どんどんはまっていったらしい。
大人たちの中で一人楽しそうに遊んでいる。
顔を見ると、いやーーーかしこそうな顔だ。
利発って言葉はこの子の為にあるのだなあと思った。
しゃべらなくても頭良さそうなのがわかる。
そして、話をしてるのを聞くと、ちゃんと敬語も使えるし、ハキハキと話す事ができる。
こんな子供いたらかわいくてしょうがないだろうなあ。
父親の顔もとても嬉しそう。
前の会社で働いていた時に、新卒の面接官なども行ったりしていたのだけど、
大体顔を見ると、その人がどういう性格かなんとなくわかる。
話をさせたらそれこそ確実にわかる。
それは表情などからもわかるけれど、造形などからもわかる。
顔は確かに遺伝なのだろうけど、その後人生をどう歩んできたかでどんどん変わると思う。
時々は、それに肩すかしをくらうことや、逆にいい意味で裏切ってくれる時もあるけれど、
大体は顔の印象と同じだったりする。
いい顔になりたければ、自分の性格や行いを振り返る必要があるんだな。

2010年11月25日木曜日

酸性とアルカリ性

この時期から少しずつ静電気が現れる。
私は昔それはそれはひどかったのだけど、今は1冬で数回程度と少ない。
おそらく片手で足りるくらい。
それは私が、アトピーのために化学繊維の服を着ないという理由があげられる。
しかしそれ以外にも理由はある。
どうやら聞いた話だと、体が酸性に傾いていると静電気がおこりやすいという事らしい。
体が酸性になるというのはあまりいい事はなく、同じウイルスが入ったとしても、酸性の人とアルカリ性の人とでは進行の具合が違うらしい。
酸性は病気にもかかりやすいし、なりやすい。
ならどうすればアルカリ性の体になるのか。
やはりそこは体の基になる食べ物に関係がある。
肉や脂などは酸性に傾きやすく、野菜や魚などを採るのがいいらしい。
和食を食べればいいんです。
和食の中でも粗食にしたらなおいいでしょう。
私が持っている本で、「粗食のすすめ」という本があります。
季節ごとに分かれていて、一つの旬の野菜の調理法をまとめて書いてあったり、
毎日の献立例があったり、結構いいですよ。
粗食は作り方もシンプルです。毎日これにいきなり変えるのは大変かもしれないけど、週の半分は粗食にしてみるとか、段々増やしていったらいいかと思います。
もう、今からバッチバチ電気来ちゃってる人は、一度食生活を振り返ってみましょう。

余談だけど、私は炭水化物を抜くダイエットは嫌いです。
日本人なんだからコメをくえ!!そう思います。
しかも、この前テレビでやってたけど、炭水化物を過度に制限すると、動脈硬化をおこしやすいそうです。

2010年11月24日水曜日

とある会社T

もう言ってやる!
仕事で車関係の会社に電話をかける事が多いのだが、
おい!会社Tの社員たちよ!!!
態度悪すぎる!
もちろん人によってそれぞれですが、態度悪い率が高い。
最初は機嫌よく電話出るけど、会社名を名乗って業者だとわかった途端、声のトーンが数段階下がる。
なじみの相手ならまだしも、私は初めてかけているんですが・・・
しかも何かを売りつけようっていう電話でもないんですが・・・
他のメーカーさんはもっと優しいですよ?
初めて話す私にとても楽しく話してくださる営業さんもいますよ?
なのに・・・Tよ・・・
今日なんて、最初タメ口から始まり、担当の人をお願いすると
「今いないっすね」
「いつお戻りですか?」
「知りません」
この先どうつなげればいいっていうんだよ・・・
そこで電話を切り、直後に担当から連絡は頂きましたが・・・
ってか本当に外出だったのかというとこも疑わしい。
ちなみにそのご担当は普通の方でした。
私はいつも思うのだけど、こうしてあなたが辛くあたっている業者の人間だって、あなたの客になる可能性だってあるわけだよ。そういう事を考えて言葉を発するべきではないでしょうか。
もう、腹立ってもしょうがないので、そういうときは
「できねー営業だな」
と思う事にしている。
優越感にひたりたいのかもしれないけど、ちっちゃいところで威張ってもあんまり意味ないですよ。

2010年11月21日日曜日

若返る~白い巨塔

今日は髪を切りに行った。
前髪を伸ばしていたけど、もう切ってやった。
なぜか・・・
それは・・・
老けて見えるからです・・・・・
はあ・・・
私は自他共に認める地味顔ですので、
しかも肌が弱いので化粧も満足にできませんので
そりゃーもーやつれた主婦みたいになってしまう。
なんで切りました。
美容師さんも
「若返ったねーーーー」
と言ってくださいました。
前髪って大切・・・とヒシヒシ感じる。

今日は白い巨塔のDVDを借りてみました。
せっかくの休みなのに、、、ストレス溜まる・・・
やっぱ思う。
山崎豊子ってすごい。
橋田壽賀子のドラマは見た事ないが、
多分橋田さんより山崎豊子さんの方が私好み。
だからできれば、この前やったジャパニーズアメリカンとかは
山崎豊子さんのも見てみたい。
全部は見てないけど、「不毛地帯」のエンディング。
主人公が抑留時代を思い出しながらロシアに立つシーン。
多くは語らずに、今までやってきたのは
このためだったのかーーーーと思わせる。
あれは素晴らしい。
山崎豊子さんのドラマは唐沢寿明の出演が多いけど、
演技力とかで判断したらやはりそうなるだろうな。

そして、今、NHKで「坂の上の雲」の再放送やってますねーーー。
あれもいいドラマだ。
香川照之の正岡子規といい、妹役の菅野美穂といい、
もちろん主人公の本木雅弘といい、阿部寛といい、
ちゃんと演出も素晴らしいし脚本もいいし。
龍馬伝もこうやって作ってほしかった・・・
特に好きなシーンは、久しぶりに故郷に帰ってきた主人公、
秋山真之が、正岡子規の妹(律)に会うシーン。
律は気が強くて、それが原因でいわゆる出戻りになってしまうんだけど、
それを泣きながら話した時の真之の言葉。
正しくは覚えてないけど、
~確かに律は気が強すぎてどーしようもない。出戻りになるのもしょうがない。
でも、これからの時代はそういう女子が必要なんだ~
こういう意味の言葉。
女性が判断できる事が少なかった時代。それを変えてゆけるのは
こういう気の強い女性なんだと。それを聞いた律の表情が良かった。

・・・と、ダラダラ書きましたが、白い巨塔を見てしまったので
全然寝付けないだけでございます。辛い・・・
休みの時は明るいDVDにしよう。

2010年11月20日土曜日

最近の体調

3月末に膀胱の子宮内膜症の手術をし、次の生理の時は本当に痛かった。
下腹部はパンパンに腫れあがった感じがして、はちきれそうな痛みがあり
歩くのも少しきつい位だった。
その時、生理時の排尿後のトイレの水は真っ赤じゃないというのが
普通だと知った。
多少の赤みはあるものの、血は下にさがっているというか。
それが段々真っ赤になる時も増えてきて、
つい先日、明らかに血尿と言える状態だった。
赤い絵の具を水にたくさんとかしたような色。
あのきつい排尿痛は無い。
病気の頃は生理時はうつ伏せもきついし、仰向けもきついという状況だったけど
今はそれもない。
でも関係無い時にズキズキする時はある。
そして血尿らしきものは出ている。
どうなんだろう。
やっぱまた検査しなきゃダメなんだろうか。
やっぱ医者に言われた、
「膀胱鏡は宿命です」
これは本当だったのかなあ・・・
1年間膀胱鏡検査をし続け、やっと終わったと思ったのになあ。
手術して半年たったけど、まだ完全には傷がおさまっているわけではないって
事なんだろうか。

いや、もう少し様子をみよう。

今日は髪を切りに行こう。
そして、またもやアロマオイルを買いに行こう。
最近アロマスプレーつくりに凝っていて、
友達の体調を聞いて、本を見て作るのにはまっている。
先週はあまりにもダイレクトに匂いをかぎすぎて、鼻から喉まで軽く炎症をおこしてしまった。
何事もやりすぎは良くないね(笑)

2010年11月16日火曜日

便秘との格闘記③

くっっっっ
腹が・・・・痛い・・・・
腹がくだろうとしている・・・・・
でも・・・・・出ない・・・・・

先週末はお陰さまで快調でした!!
そう!!便秘が治ったのです!!
そして、月曜日からまたもやクローーーーズ!!!
でも今お腹が痛い。
まあ、動こうとはしてくれてるって事だな。
腸くん、極端なんだよ、君は。
スムーズに行こうよスムーズに。

週末調子が良かったのは、
いくつか行った便秘対策のうち、
おそらくカスピ海ヨーグルトがよかったのではないかという結論。
私はアトピーがあるのでヨーグルトは好きだけど量は食べないようにしてきた。
でも、大型の無糖のやつは比較的平気っぽい。
なので、大型のやつを大体3回で食べきる位の量で食べ続けた。

余談ですが、前に飲んだ里美牧場の飲むヨーグルトは余分なものが入ってなくて
私はアトピーの悪化もなかった。
手に入るのは難しいかもしれないけど、
もし手に入る事があるようならオススメします。

もちろん、乳製品のアレルギーある人は
ダメですよ。

あーお腹がブツブツ?グツグツ?なんていうのかわからないけど
動いている時の、プツプツ?いった音がなっている。
出るなら出ろ!!!!

って事で、kurobinさん、私あの恐るべし腸ポケットはおそらくないでしょう!!!
やった!!
多分!!

皆さまふんばりすぎに注意。
女性は腸ポケットができちゃいますよ!

2010年11月14日日曜日

ホテルルワンダ

前から気になっていたけど忘れていた「ホテルルワンダ」を見る。
金スマで渡部陽一さんの特集をしてて、その際に
はっ!そうだ!ずっと見たかったんだ!
と思いだし、こっちに引っ越してきて初めてレンタルビデオの会員に入り、
借りてみた。
(ルワンダ紛争の話なのに、なぜかサスペンスの棚にあったのはショック)
ルワンダの2つの部族、フツ族とツチ族との戦争の話。
そこにヨーロッパ軍、国連軍、政府軍、民兵軍がかかわり、
ひどい惨劇をよんだ。(国連は、あくまでも平和維持活動として)
フツ族によるツチ族虐殺はひどかった。
ホテルコリンズの支配人ポールはフツ族だが、ツチ族のタチアナを奥さんに持ち、
家族や、他のツチ族の人たちをホテルに匿い続ける。
赤十字の女性から次々送られてくるツチ族の孤児を受け入れ続け、
自らも死の恐怖におびえながら様々な人へ働きかけ、ホテルの中にいる
人たちを匿う。
シンドラーのリストと話は似ているけれど、それより遥かにいい映画だと思う。
フツ族ではあるものの、彼自身も白人から差別を受けて無力さを知る。
人種が違うというだけで殺される人たち。
愚かだと思うのは、私が安全な日本にいるからだろうか。

中でも一番心に残ったセリフ。
ポールが、撮影しているメディアを見ながら
「この惨劇を世界が知ったらみんな助けてくれるはずさ!」
というと、相手の男性は、
「そんなことはない。かわいそうねって言いながら、ディナーを続けるだけさ」

かわいそうだって思ったら、行動しないと、思ってないって事にひとしい。
何を自分ができるかって事を模索してみようと思う映画でした。

2010年11月12日金曜日

便秘との格闘記②

やはり快便時期が来ない。
でも一時の、もうお腹がはってはって爆発するんじゃないかという感じは無くなった。
なんでだ?
今は生理が近いので、体が栄養を溜めようとしている。
だからより一層便秘に拍車をかけている。
そんな私の便秘状況を知ってか知らずか、知らずだけど、
母親がカスピ海ヨーグルト(無糖)を買ってきた。
おまけに嫌いなロールケーキまで買って差し出してきたもんだから、
しょーがないので、ロールケーキの上にカスピ海ヨーグルトをふんだんにかけて食べるという策を試してみた。
おや!!うまい!!これはいけるぞ!
なんて言いながら大きなヨーグルト半分を食べた。
なんかねえ、気のせいかもしれないけど、カスピ海ヨーグルトは食べ続けてたらきくかもしれない。
お腹の張ってる感じが抜けたのはこのお陰だろうか。
ま、出ないものは出ませんけど。
でもいい予感するこの2日。

あと、父親がハブ茶なるものをどこかの農家の直売所から買ってきた。
どうやらそれも便秘にいいのらしいのだな。
いやー、うちの両親はエスパー並みだ。
私は小さい頃から便秘がちだったのだけど、おそらくこの父親の血をひいているものと思われる。
父親も毎日のダブル漢方(市販の漢方薬と、蓄膿症の為に飲み始めた処方の漢方薬)でなんとか乗り切っている。

はあ。明日は休みだからひょっとしたらひょっとして、嬉しいお通じがあるかもな。

2010年11月10日水曜日

便秘との格闘記

もーーーーこーーなったらこの強固な便秘との格闘の日々をつづってやる!!!!
私は昔から便秘と下痢を繰り返している。
しかし漢方のお陰で普通になりかけた頃に手術の為にキョーーレツな下剤2種類を夜と朝に飲み、更に浣腸をして腸をからっぽにした。
手術で腸を少し動かしたらしいが、その影響なのか下剤の影響なのか、その後からぱたっと便通がなくなり早幾歳。
ここで漢方の調合を変え、5カ月後位に少しずつ普通に近くなる。
あーーやっぱり便通は大切だあなんて思う事わずか、働きだしたらまたぱったりなくなった。
どーして(泣)
便秘に効くストレッチ?そんなのやったよ!
便秘に効くツボ!?そんなの飽きるほど押したよ!
便秘に効く食事!?毎日食べてるよ!
便秘に効くのはヨーグルト?食ってるよ!
便秘の為の下腹部マッサージ!?毎晩やってるよ!
蒟蒻畑も食べた(っていうか飲んだ?)
ピラティスで腹筋も鍛えている。
あとは何!!!?
何をしたら出るのだ!!!?
下剤でこうなった(のかわからないけど)から薬は飲みたくない。
あと考えられるのは何?
朝起きてから家を出るまでの時間を少し長くしてみたらいいのか?

今日の便秘生活でしたこと。
アズキ入り玄米ご飯を食べる。(毎日食べている)
ヨーグルトを食べる。
お腹をマッサージする。
ヨガの便秘に効くポーズをする。
意識を常に腸に集中する。(効くのかは知らん)

もちろん今の所出ません。
ああ・・・あと考えられるのはなんだろう・・・
継続は力なりですが、結構継続してるよ?

2010年11月7日日曜日

スポーツに涙する。

最近涙もろくてしょうがない。
世界バレーを見て、みんな笑顔がかわいいなあなんて思ったり、
スパイク決めておーーー!すごい!この一瞬でなんていう判断をするのだ!
と感心したり。
その中でリベロの佐野選手がすんごいボールを拾ったりすると
「さ・・・・佐野・・・・なんてすごいんだ・・・」
と泣きそうになる。
世界でみてもベスト3には入るリベロではないだろうか。
アタッカーと違って派手な活躍はないのだけど、本来取れないところかと思われるボールまで見事受けてみせる。きついアタックなどもいい感じで受けて返す事ができる。
なんてすごいんだ!!!
この人がいるとほっと安心してみんなプレーできるんだろうなあ。
すごいです。

そして、バレーの佐野選手の他にも私の涙ポイントを持っている選手が
安藤美姫。
発端は前にも書いたけれど、病気の診断結果がおもわしくなくてショックを受けて頭がぼーっとしたまま終わりかけの病院のロビーでふと目にしたテレビ。
必死に演技していた安藤美姫に励まされた。
「そうだね。頑張らなければ」
そして今日のフィギュア世界大会のフリーの演技!
ショートで3位発進だったにも関わらず、やりとげた。
後半にいくつものジャンプを飛び、レベルの違う演技を見せる事に成功した。
その演技に最中に
「あ・・・・安藤美姫・・・やっぱすごいよ・・・」
と涙。

必死な姿ってやっぱりいいな。
自分も一生懸命に生きよう!って思える。

2010年11月3日水曜日

オーガニックアロマオイルの専門店へゆく。

今日は最近見つけた近所のオーガニックアロマオイルを扱っている店に行った。
小さな庭があって、天気のいい日はそこでハーブティなども飲める感じ。
思ったより小さな店だったので入るのに勇気がいったが、ここで負けたら女がすたるのでドアを開けた。
中には店員が一人。
そして客も私一人。
1対1・・・
壁に並んだ棚には、何社かのアロマオイルや、それと一緒に使用するようなガスールの粘土、ロゴナの化粧品、ハーブティ(体調別にブレンドしてくれる)などなど。
ロゴナを見つけた時はやったーーー!近所にあるなんて!!!
と一瞬テンション上がる。
しばらく見ていると店員さんがコーヒーを持ってきてくれた。
コーヒー・・・?ハーブティの店で?
そう、ただのコーヒーではありません。
チコリ(野菜のね)のコーヒーだって!
初めて聞いたぞ!
コーヒーは私には強くて、飲むとくらっとくるんだけどやっぱりこのコーヒーは平気だ。
味は確かにコーヒー。匂いはコーヒーっぽさもなくはないけどちょっと香ばしい匂い。
多分カフェインがないからだろうか、強い感じはない。
あれはいいわ!売ってたら是非かって行こう!と思って忘れた。
そしてロゴナのテスターを使ってみた。
なかなかいいっす。私は強い場合はすぐ反応が出るけど、そうでもない場合は3日後位に反応が出たりする。でもロゴナのファンデーション恐るべし!ちょっと油くさいけれども、つけた感じは軽く、おそらく肌に負担もかかってなさそうだ。
私の人生初の、最後まで使いきれるファンデーションになれるかな?
来週まで待って何も反応なかったら購入してみようと思います。
結局そこではエタノールとアロマオイルを買いました。
なぜか。。。それはアロマスプレーを作るからです。
私が病院に通っていた時、入院して手術の前日、派遣で働き始めてちょっと落ち込む時など、(最近じゃないか・・)救ってくれたのは友達が作ってくれたアロマスプレー。
ラベンダーの香りがなんとも気分を落ち着かせてくれる。
これにはティーツリーも入っているので風邪の予防にもいいのです。
私もいっちょ作って誰かにあげよう!
そう思って買いに行ったのでした。
ピラティスに行った後に本屋に立ち寄り、アロマオイルの本を購入。
これからアロマな生活がおとずれるぞ!

関係ないけど、ここの店員さん、ちょっと怖い。
オーガニックハーブのお店だからって、優しい店員さんとは限らない、ということ、
身にしみました。

ニュージーランド一人旅行 Taupo-Rotorua-Waitomo

タウポでの楽しいジェットボートも終わり、次の日の午後からロトルアへ。

高速バスで一直線です。そこまで距離はないけど、到着するのが夕方だったのでロトルアでは何もせず。
ニュージーランド屈指の温泉観光地ロトルアだけど、何もせず(笑)
ってか、昔ここには仕事で来たのです。そして、ロトルア湖の真ん中にあるマオリの島に行き、マオリの食べ物「ハンギ」を御馳走になりました。
その時も交通手段はジェットボートだったなあ。

ロトルアでは間欠泉とか、日本で言う地獄谷などが見られます。(地熱で湯気がたちあがり、お湯がボコボコ言ってるような土地の事ね)

ここではなかなかいいホテルでした。名前は忘れたけど、あんまり高くない。

ルームサービスをとり、一人優雅にネットでもしながら夜を過ごしました。
そして次の日の朝、私のNZに来る最大の目的の一つ、ワイトモへ出発!

ワイトモ→オークランドへ行ってくれるツアーです。
そこで待っていてくれたツアー会社の人はなんと、久しぶりの日本人!あ・・・日本語が通じる・・・

今までコンニチワ位しか通じなかったのに・・・

ワイトモは土ボタルのいる洞窟で有名です。

真っ暗な洞窟に、ぽーっと青い光が点々としている風景。

どこかで見た事ありませんか?
そう、天空の城ラピュタの、飛行石がある洞窟、あれがここをモデルにしたと言われています。


ワイトモケーブスに到着!ここは、こんなに綺麗なものを見られるのに、観光意欲ゼロと言わんばかりの外観。

知ってなければ通りすぎてしまう。
みんなで中に入り洞窟探検だー!
最初は真っ暗ではなく、鍾乳洞のある普通の洞窟です。
私は実は洞窟好きなので、もう一人ではしゃいでいる。(と言っても一人)

そしていよいよ船に乗り土ボタル(Grow warm)見学ーーー!
頭の中、シータとパズーが出会ったおじいさんでいっぱい。

「その光はぁぁぁわしには強すぎる。。。」
ここでは写真はとれません。声も出してはいけません。(なのに韓国ツアー客うるさい。何度もガイドに注意を受けておりました。気をつけましょう)
ひっそりと、ポカーンと上を見ていました。
不思議だなあ。。。こんな風景が地球にあるなんて。。。。
誰かが作りたくて作ったとしか言えない風景だなあ。。。



こんな場所から船で帰ってきます。

わずか5分ほどで土ボタル見学も終わり、船を降りて山の中を歩いてバスに帰ります。

ああ、やっぱり見てよかった。
日本では見られない風景だもんな。
その後昼食にドライブインに入り、全然うまくないうどんを食べ、オークランドへ。

これ、うまくないうどんがあるカフェ。バイキングなので他にも色々料理はありますよ。
今まで空港での乗り換えや、仕事で来た時に夜泊まるだけしか利用したことないNZ最大の都市、オークランド。
あ、首都ではありません。昔の首都です。
オークランドには最終的に3日過ごしました。

2010年10月30日土曜日

Big Issueにのる!

いきなりですが、11月1日発売のBig issueの読者コーナーにワタクシの下手な文章が掲載されておりますので買ってみてください!
これを機にBig issueを買う!という習慣をオススメします。
が!
私の家の近所には売っていない・・・
いや、ホームレスがいないという点でそれはいいことなのだろうけど。
前に行ったイベントでいたく感動し、それについて感想をメールしたらそれが掲載される事になりました。
人間っていいんだよ。
悪いもんばかりではないんだよ。
どんぞこだと思っても、絶対にかすかな光はあるんだよ。
そういう事を教えてくれたイベントでした。
どーぞ読んで感想でも聞かせてくださいまし。

2010年10月29日金曜日

便秘2

まだまだ便秘期間が続いている。
女性には1か月に2回便秘の期間が訪れる。
まずは生理前。体が栄養を蓄えようとしてるので、便秘になる。
もうひとつは排卵時期。これもそういう意味なのかなあ?
そのサイクルを知っていると、いつ便秘に効く事をしたらいいのかがわかるようになる。
私の場合は、生理前は便秘になってもそれほど気にしない。蓄えられた栄養で不要なものは、生理が始まるとちゃんと外に出るようになるから。
ちなみに、生理前や中に眠くなるのもそのせいかと思われる。
そういう期間でもない今!!!
まさに今!!!
便秘なのが腑に落ちない。
なので、今必死に便秘対策をしている。
ある食育とか食養生の学校に通う友達からはこのような便秘解消方法を教えて頂いた。
生のゴボウをすりおろし、そこにおろし生姜と味噌を加えて、それをお湯にとかして飲むというもの。
風邪の予防にもいいらしい。
そして、看護師の友達からはこのような方法を教えて頂いた。
体の左を下にして、腸の左側をマッサージするというもの。
私は下腹部真ん中の手術の痕をガッツリ押すのが嫌なので、その事を配慮して「左側」を教えてくれた。
是非これは試してみよう!
便秘の時は、へその下あたりが固くなっている。おそらくここに今溜まっていて、それが通せんぼをしている状態だと思われる。それを少し柔らかくなるまで押したりしていると、しばーらくたって出る事がある。
私は大抵それで切り抜けるが、今回は手術したのもあり軽めに押しているせいか、効き目が薄い。
ああ・・・・絶対これ手術のせいだよ・・・・この便秘・・・・・
しょうがないけどさあ・・・・・病気になる私が悪いんだし・・・・・
ま、体の仕組みを考えるいい機会です。

2010年10月26日火曜日

便秘に苦しむ

漢方薬のお陰で比較的順調だった腸内環境。
でも、最近またもや便秘がひどい。
元々便秘と下痢を繰り返してきた人生だったが、くだるよりも便秘だけは避けようと、出ない期間をなるべく延ばさないように様々な方法で対処してきた。
そして、どっちかってーと下り気味かな?という体調になり1年。
お腹を切る手術をした。
そっから巨大便秘時期到来。
今まで子宮内膜症対策の漢方薬だったけど、手術してからはアトピーと便秘を中心に調整。
アトピーは元々長期戦だとは思っているから、効果でなくてもしょうがないけど、便秘はさあ、もうそろそろ効果出てきてほしいんだよなあ。
んで、昨日、便秘に効くヨガのポースをしてみた。
今日の朝、なんとなく腸が動いている気がする。
でも出ない。
ヨーグルトも食べている。
でも出ない。
もちろんピラティスやってるから腹筋もつきはじめている(はず)
でも出ない。
手術でお腹に20センチ弱の傷跡をおった私だが、
傷跡よりなにより、この便秘が疎ましい。
もう少し早く起きて、出勤までの時間を長く持つ作戦に移行しよう。。。
苦手なコーヒーも飲んでみたのにな・・・

2010年10月23日土曜日

武器輸出

今どこかのバカな政治家が、武器に関する輸出緩和法案をたてているとの事。
防衛という言葉に隠れて戦争を起こそうとしているのではないだろうか。
緩和する理由の一つとして、
「日本が武器を輸出しない事で平和に貢献していると考えるのは一面的だ」
という事らしい。更に、他国と武器の開発協力をする事によりコストの低減が見込めるのだそうで。
これ、何かおかしくないですか?
日本は戦争を二度としないって決めたはずですよね?
政治家の言う防衛っていうのは「戦争」になっていませんか?
一面的という言葉から、どーしよーもない子供さを感じてしまうのは私だけでしょうか。
だって○○ちゃんもやってるじゃーん、
みたいな。
被爆、敗戦という大きな痛手を負って、そこから生まれた非核三原則や、戦争放棄、武器輸出禁止等の新たなる前進を、また後退させようとする政治家はいらないと思うんです。
いっつもいっつも期待と反する事をしてくれる。
なんでだろう?なんでいっつもそうなるんだろう?
政治家しかわからない事情があるのだろうか。
でもそれだったら説明してくれよと言いたいし。
そんなに輸出したいんなら、激戦地に行ってどのように使用されるのかを見てきなよ。
机の上でばかり議論して、実質的な事を何も体でわかってないから
人の気持ちなんかわからない、国民の意思とはかけ離れた事ばかり提案するんだよ。
色々意見はあると思うけど、私個人の意見としては、
武器なんか輸出する必要ないし、日本製の技術、武器が人を殺すのなんかごめんだし、
高速道路無料化して環境汚染に拍車をかけるのなんか嫌だし、
ゴールデンウイークを土地別に変えて、本来休日は記念日だってことを希薄にするのはおかしいし、
子供手当をあげるならそれを半分にして介護にもくれてやれとも思う。
夫婦別姓選択なんてのも正直いらない。
それよりももっと議論していい内容のものがあるのだと思うんだけど。
少子化対策の為のお金の使い道とかもさ、不妊症がこんなに今日本には多いんだから、そういう女性の不妊症治療なども保険をきかせてあげるとか治療の研究開発に力を入れてあげるとかさあ。
本当に子供を増やしたいならあらゆる面を調べるべきではないのかなあと思う。金銭面の事情で子供を産めないってだけではないんだよ。

ま、色々つまらない事を書きましたが、これを言いたかったのです。
武器輸出緩和法案、はんたーーーーーい!

2010年10月20日水曜日

カマキリ A mantis

今日、いつものように通勤の為、駅の駐輪場で自転車を停めていると、地面にカマキリが仰向けに倒れているのを見た。
全ての足をバタバタさせながら動いていたので、さかさまになったから表になりたいのかと思って、足で表にしようとしたけれど、なかなか表にならなかった。
でも必死にバタバタさせている。
そこから30秒。
ピタっと動きが止まった。
そう、死んでしまったのだ。
直前まで、あんなにバタバタ動かしていたのに、いきなり魂がなくなってしまった瞬間。
体が物体になってしまった瞬間。
昆虫は痛点が無いという。
おそらくカマキリは、動けない、どうしてかわからないけど体が表になれない、なんで?なんで?
と思ったまま亡くなったんだろう。
運命ってなんだろうなあ。
ここまで大きくなって、こんな駐輪場の地面で、おそらく誰か人間に踏まれるかして亡くなってしまう。
どうせなら秋の花が咲く植物のそばで死にたいだろうに。

I found a mantis who was moving turning over.
I helped him to be upside down but he couldn't stand up even though he was moving his legs.
and he suddenly stopped because he died.
I was surprized that because of so suddenly.
His soul left his body at the time.
His body became just object,
I heard that insects don't have a nerve to feel pain.
He might have died he was thinking why he didn't move as usual.
I considered what a destiny was.
He growed until the time,unluckily died at the ground of a bicycle parking.
He could have wanted to die among flowers of Autumn.

2010年10月17日日曜日

ローテンション

今日はこう、なんていうか、ロー・・・・・な具合。
TWITTERとかで色んな人のつぶやきみても、
くだらねえとしか思えなく、小さな事で喜んでる人を見ても
ありきたりのうわべっつらの感情だなあとしか感じなく、
これはひとえに私のテンションのなせる技。
ちょっとだけ東洋医学を教えてもらった私の浅はかな知識によると、
まあ、あきらかにPMSなのだけれども、
感情と肝臓ってのが深い関係にあるわけです。
肝臓の調子が悪い人は気分も落ち込みやすい。
東洋医学では、感情は昼間は目に宿り、
寝ている時は肝臓に宿ると言われています。
そして、肝臓が鬱(エネルギーが停滞している状態)になると
精神的にも落ち込みやすい、これが鬱病の一つの
原因であるとも言われております。
じゃあなぜPMSのような時期にこうなるかというと、
子宮と肝臓に深い関係があるからです。
よく、肝臓の強い人は生理痛も起きにくいと言うけれども、
実証されてるのかは別として、案外嘘とも言い難いのです。
東洋医学ではこれを陰陽五行で説明するんだけど、
私にはそこまでの自信がないのでそれはバッサリカット。
なんて、分析していったら、そういう気分が無くなってきました。
嫌な感情がおきたらそれを分析するに限る。

2010年10月13日水曜日

毒きのこ

両親そろって、毒きのこにやられた。
朝、母親がぐったりしている。
眠いのかな?位にしか思わなかったが、いきなり、
「yatty、トイレにはいるか?」
と聞くから、
「いや、まだわからないけどなんで?」と聞くと、
「吐く。。。」
「早く行ってきな!!!」
仕事を遅刻させてもらおうかと思ったけど、大丈夫だというから、ひどかったら病院に行きなよと言って家を出た。父親も家にいるから、最悪大丈夫だろうと。
そして、会社の昼休みに携帯を見ると、母親からメールが。
「4回吐いて無事に治ってきました。心配かけてごめんね。お父さんは1回吐いただけだから大丈夫」
・・・なんですと!?
夫婦で吐いていたというのか!
なんで私は平気だったんだろう・・・・
家に帰って、なんだったのかを聞いたら、どうやら味噌汁に入れたキノコがダメだったのではないかと。
私は味噌汁は飲んでいないので、なんともない。
そのキノコは、友達のキノコ名人からもらったもので、今までも平気に食べていたが、実はちょっとだけ偽物があったのかもしれない。
そのキノコに良く似たもので「ツキヨタケ」というものがあるというので、それかもしれないとの事だった。
キノコ狩りが大好きな父親だが、ちょっとは懲りたかな。
でもどうやら父親は昼のメールにあった、1回吐いた後に、一人でラーメンを食べに行くと言って家を出たらしい。
結局なじみの店のスパゲティ屋に入ったのだが、そこから帰ってくる途中、もっとひどい吐き気とこんどは下痢が襲った。
家に帰りトイレに駆け込み、かなりひどい状態だったようだ。
もう。。。1回吐いて油断してパスタなんか食べるからだよ。。。
ちょっと仮眠して、居間に来た時には、普段亭主関白の、身長175ある父親がちっちゃくなっていた。
そして、一言、
「おかゆ。。。でも、食べるかな。。。」
やっと身の程を知ったか。
キノコには気をつけましょう。最近も色々ニュースであったしね。

2010年10月9日土曜日

ニュージーランド一人旅行in Taupo. Travelling on my own!



さあTaupoにつきました。


Taupoでは中心街からちょっと離れたモーテルへ。
モーテルはいいですなーーー!キッチンもついてる。
ワンルームマンションだと思ってください。
夜に到着し、チェックインしたらおじさんがコーヒーのミルク用だと言って
牛乳をくれました。
コーヒー飲めないし牛乳好きじゃないから利用しなかったけど、
やっぱ入れるなら牛乳のがいいやね。

次の日念願のフカ滝ジェットボート!!!
お店の人が車でモーテルの前まで来てくれて、出発!

客は私一人。運転手のいかした現地の人が色々話しかけてくれた。

「仕事何やってんの?」
「NZには旅行?」
などなど。

20分ほど走って到着。
8人位のれるジェットボートに、私と、ドイツ人の老夫婦のみ。


さ!テンションあげて行きまっしょい!
日本ではあまりなじみのないジェットボートだけど、NZでは代表的なアウトドアの遊びの一つ。
速さ70キロ位あるのかなあ?それ以上あるのかなあ?
それくらいの速さで右へ左へ、時々一回転などしながら綺麗な川の上を走る!!!

ギャー!!!とか言いたかったけど、なんか抑えちゃった。


そして!フカ滝到着ーーー!高さはそれほどないけど、まあすんげえ水量の滝なんです。



氷河の水でも混ざってるのかなあ?ちょっとクリーミーブルー。

バッシバシ写真撮りました。

ええ、ほとんど同じ写真のように見えますが。

はあ・・・・この旅の最初のクライマックス。
そして、お店の人がまたモーテルまで送ってくれました。


まだ昼間だったから、シティを見学するも、まあ、何もねえです。
そこで食べたサーモンアボカドベーグルとフィジョアというNZフルーツのジュース。



食べ終わった後、散歩へ。

Taupoは大きな湖がある事で有名なので、湖を行ったりきたり。


鼻歌歌いながら、一人で湖畔でのんびりしました。
夜はフィリピン料理の店で総菜を買い、モーテルで食べましたよ。
その店でメニュー見てたら、おそらくフィリピン系と思われる人が話しかけてきて、
「ここのメニューは全部うまいんだぜ!」
と教えてくれた。
こっちに来て思うけど、話しかけてくる人多いなーーー。
一人だから余計だろうね。
そして夜を過ぎて、次の日は昼のバスでRotoruaへ。
高速バスのバス停までスーツケースガラガラひいて住宅街を歩いていたら、酔っぱらったマオリ族の人が、
「おいおい!大変じゃないか!バス停に行くのか?一緒に運んでやるよ!」
と言ってくれた。
歩きながら色々な話をしてくれた。
人種差別の事とかね。政府はマオリに援助しているところもあるけれど、
金だけで心の解決ができるわけでもなく、過去に人種差別のあった事は根強く残っている。
でも、それが段々なくなってくる事を期待しているよ。
人種差別って、ほんと、とってもかっこ悪い事なんだよ。
このご時世で、時代遅れ。
マオリの人は、日本の事はとてもよく思ってくれている。文字の発音の仕方も似てるし、日本語を大学で専攻してるマオリにも何度もあった。なんか嬉しいね。そういうの。
おっちゃんのお陰で楽にバス停まで行けた。
バス停でチェックインして、振り返ると、もうおっちゃんいなかった。
か・・・かっこよすぎる!!!
特別礼なんていらないぜ!
そういう事だったのか、酔っぱらってるからフラフラ飲みにでも行ったのか。
どうであっても、おっちゃんありがとう!
I went on trip to Taupo by bus.
I stayed at the motel.I hadn't ever stayed at motels so I was excited.
Motels are like one-room apartment.
I would go to take a jet boat at Fuka fall.
That was my purpose to visit New Zealand.
A shop staff of the jet boat came to pick me up to the shop.
A jet boat has 8 seats.The customers were only me and German old couple.
The boat turned right,left,quickly and ran really fast.
This boat might have ran 70km/hour.
After 15min,I saw Fuka fall.
What a big amount water!!!It was so exciting!!!
I took many photos even though they would be similar.
I returned the city and had a salmon and avocado bagle,a cup of Fijoa juice.
Salmon of New Zealand is so tasty.I always ordered salmon when went to a restaulant.
After that,I got around by the big lake named Lake Taupo singing songs.
On next day I went to take a bus to Rotorua by walk.A Maori talked to me to take my baggage together.He had drunk alcohol already but he was so kind.
He talked about many topics.Those were really interesting.
I was pleased to meet persons such as him.

2010年10月7日木曜日

アレルギー

何かのアレルギーがおこっている。
なんなのかは不明。
でも、何かのアレルギーがあり、
今まさにそれがおこっている。
鼻が痒くてくしゃみが多くなる。
アトピーもひどくなる。
うーん。。。なんだろう。。。
また茂木健一郎にそっくりな皮膚科に行ってくるか。
関係ないけど、この先生怖い。
話し方もやっぱ茂木健一郎に似ている。
最初にとてつもなくただれた胸のアトピーで受診した時の開口一番の言葉。
「一体なにこれ!(怒)あーあーあーあー色もおかしくなっちゃってるでしょーが!!!
いつからなってんのよこれ!!」
「ちょっと前かと・・・」
「んなわけないでしょーが!!!(激怒)」
はいはい。すみませんねえ。もういつからかも忘れちゃいましたよ。
言われた通り薬を塗り2週間後。
少し良くなった患部を見て、
「あーいいじゃない♪このままいったら色も完全ではないけど戻りますから♪」
!!!ゴキゲンだ!!!
まあまっとうではあるな。症状が良くなったらゴキゲンってのは。
最初の受診後には、
ふざけんなよこのクソ医者!!!
と怒り心頭の私でしたが、2回目の受診で、
お!?なかなかいいやつじゃん?
と変わりました。
今まで平日の患者が少なそうな時を選んで行っていたけど、
仕事があるので今回はそうもいかない。
土曜日、80人待ち(医者は一人)になるあの病院に、また行ってくるか。
茂木健一郎の本でも持って。

それはそうと、今のアレルギーって一体なんだ?
4月はとんでもなくひどいアレルギーが出るけど、
それも原因わからず。
うーん。。。

2010年10月3日日曜日

仕事でのストレス

なんかこう、初めての派遣で、初めての業界で、初めての仕事をしているのもあるし、
知らない人が苦手なのに事故をおこして車を廃車にしたい人に連絡を取るのが
主な仕事っていうのが、
なんかこう、
ずーーーーーん・・・
と私にはストレスになるのであります。
今日は休日なのに、ずーっと頭の中に、
・・・はあ・・・また電話かけなきゃいけないのか・・・
とグルグルして、心臓もちょっと鼓動を速めたりして、
禿げてしまうんじゃないかと悩んでいた。
でもね、いくら嫌だといっても、なぜこれしきの事をずーーーっと、しかも休日にまで悩んでショックを受けているのだ!?と考えたわけですよ。
でも結果はでない。何が嫌なのか?と自分なりに追及してみようと考えた。
・・なぜ知らない人に電話するのが苦手なの?
A:知らない人が私に冷たい態度をするのではないかと思うからです。
  あと、まだ仕事を完全に覚えていないので、何か知らない事を質問されて、答えられなくてオドオドしてしまうかもしれないと思うからです。
・・でも数回かけても冷たくする人はあまりいなかったでしょう?
A:はい。でも、私は知らない人が苦手だから、私が逆の立場なら冷たくしてしまうかもしれない。だからそういう人はたくさんいると思う。
・・今までもっと辛い仕事をしてきたよね?
A:はい。後輩の事で謝罪に行く時は辛かったです。あと、ブッキングなども辛かったです。ブッキングも知らない事務所に連絡して、交渉しなければいけないのですから。
・・ブッキングのが難度が高いと思うけれど、その時はそこまでストレスは受けてなかったよね?
A:はい。
・・どうしてだろう?
A:・・・・・・・・・

そんなやり取りを自分の頭の中で繰り返した時は、その答えは見つからず。
そして、先ほどショッピングセンターに買い物に行き、その帰りの車の中、なぜかずーーーっと、
爆笑問題と茂木健一郎を出演させた世の中を明るくするバラエティに関する企画書を書くと言う事を妄想していた時に、は!!!と気付いた。

あ!今仕事の嫌な事考えていない!!!

そこで出た結論。

それしか考える事がねーんだよ。

今まで東京にいたからこっちに友達があんまりいない。
更に、今自分が何をやりたいのか模索している最中だから、必死になるものがない。
だから、考える事が仕事の事しかないんです。

これだ!!!

あースッキリした。嫌なもんは嫌だけど、慣れるのを期待しよう。
どうせ短期の仕事だし、永遠に続くものではないしね。

さ、企画書を考えよう。

2010年10月1日金曜日

廃車連絡

私は今事故で損傷を受けた車を引き取る会社にいる。
廃車に関する手続き等の連絡を車の所有者に連絡するんだけど、
時々、車両の損害保険からの依頼で、
「この所有者様は今回の事故で亡くなられてますので、この方にご連絡してください」
ってのがある。
なんかこう。。。気分がズーン・・・と沈む。
ああ・・・連絡しづらい・・・
でも亡くなった事を知っている風に
「このたびはご愁傷様です」
ってのも違う。
そして、こういうのもあった。
衝突された車なんだけど、相手が亡くなってしまった。
当てられた方も気分は良くないわなあ。

こういう仕事してると思うけれど、結構事故って多い。
1つしかない命。
運転してる時は用心してください。

2010年9月30日木曜日

運命

本当は書きたい事たくさんあるんだけど、もう慣れない仕事で頭がパンパンなので、ダラダラと最近思う事を書く。

私は完璧なる運命論者ではないけれど、うっすら引かれている運命の線っていうものはあると思う。
それは自分次第でどうにでも変えられるんだけど、でもなんとなく同じ波長を持つ人や場所などに吸い寄せられるような事というか。

例えば会社。いくつか落ちていくつか受かった経験はもちろん私にもあって、落ちるのが続くと、
「あー、なんか私なんかダメな人間なんだなあ」
なんて似合いもしない事を思ってみたりするんだけど、
何度落ちても最終的には自分にとって必要であり、自分が興味あるような所に受かるようになっている。
結局、
「あー、あそこに受からなくて良かった」
って思うっていうね。

人もそう。キムジョンイルのような独裁政権をもくろむ肝っ玉の小さい上司などはいたけれども、自分の周りに残るのはいつも自分と同じ考えを持っていたり、人生において必要な人。
そして、それは同じ場所にいなくたって出会うようになっている。
すんごい出会い方とかでね。
これ、不自然だよ!って言いたくなるような出会い方で。

前まで働いていたホテルで、ほんとくっだらない事で深夜まで働いたりしなきゃならないし、正直なところ、なんであそこに今私が働くのかが全くわからなかった。
結論としては、そこで出会ったKさん、その人と出会う為だったって事に自分の中で理解した。
そして、少し前、全く同じ事をKさんが言った時に、やっぱりな、って思った。
うん。通じている。

運命的な出会いってあると思う。
でも、運命で言えば本当はそれほど関わりなかったり、出会わない予定だった人でも、出会って仲良くなって、運命の人だ!って事もあると思う。
それ、運命じゃねーじゃん、って事だけど、
ま、気の持ちようっていうの?

死ぬ時に色々わかるさ。
自分の人生の結果が。
若い時の青図がどういう事になったかっていうのもね。

2010年9月26日日曜日

もし反省させたいと思ったら

仕事でもなんでもいいんだけど、
もし本当に誰かを反省させたいと思うなら、
恫喝するのではなく、
その人の前に、思いやりや優しい言葉をポンと、おけばいいのだと思う。
ひどい言葉は憎しみしか生まない。

自分が失敗したと思った時や、挑発的な言葉を発してしまった時、
相手から思いもかけず優しい言葉を言われてしまったら、
それこそ一番、
ああ・・・なんてことしてしまったんだろう・・・
って思う。

最近、色々なニュースを見て、そういう事を思う。
対抗したり、挑発したり、意地張ったり。
そういうのを見て、ああ、悲しいなと思う時もあるし、
ああ、頭悪いな、と思う時もある。

強気な姿勢を出す時は、タイミングみて出さないと、
効果を成さないから難しい。

ま、怒りっぽい私への教訓でもあります。

2010年9月23日木曜日

近況

もう、ぐんぐんぐんぐん体調が悪くなってきた。

風邪です。
久しぶりの。

気温の変動激しいもの。

布団かけたらいいのかタオルケットでいいのか、
毎日変わるもんなあ。。。

そんな中で超ド級スピードで勤務先が決まりました。

そう、あれはテンプスタッフへ登録しに行った時の事。
色んなテストなどをし、今までの仕事なんかも話し、
最後に今来ている仕事リストを見せてくれる。
事務なら職種問わずに探していたので、

「あーこれも、いいですね、あーこれもエントリーしたいですね」

なんて話していたら、営業が隣の部屋にいるもんだから
すぐさま、
「すみません、これはもう1人の人に声かけて進み始めてしまったらしいので、
こちらなら紹介できますがどうですか?」
と来る。
「じゃあお願いします」
「それでは担当の営業にかわりますね」
と営業さん登場。
業務内容を懇切丁寧に教えて頂き、エントリーしました。
「明日には決定しますので、連絡しますね」
そして、次の日。
「先日はご来社いただきましてありがとうございました。昨日ご説明した仕事の件ですが、進めさせて頂きます。つきましては、いきなりで恐縮なのですが、本日企業訪問できますか?」
もう、毎日暇なので、
「大丈夫ですよ」
で、夕方訪問して、企業のご担当もとても親切で、すぐさま仕事が決まりました。
おお!昨日登録したばかりなのに!!!

最初の通勤の時にはテンプの営業さんも同行してくれました。
ああ・・・親切やぁ・・・
そして、最初の通勤日の仕事終わりに電話もくれました。
「大丈夫でしたか?仕事がやりづらいとか、多すぎるとかありませんか?仕事はちゃんと教えて頂けましたか?」
いやーそんなにご心配頂かなくても大丈夫ですよ。
お仕事すぐにくれたのに、そんな連絡までしていただくなんて、頭が下がります。
今まで直接雇用の仕事だけだったので、勤務し始めたら全て解決するのは自分。
それが当たり前なのに、こんなフォローがあるなんて、派遣社員っていいわぁ♪
嫌な会社に勤務したって、そんなの派遣元の責任じゃないですから。
しかも、この勤務先の人も本当にいい人ばかりで、まだ2日しか行ってないけど、段々楽しくなってきています。
仕事は未体験の業界なだけに覚える事たくさんで、今までのぺーーっとしてた私の脳が悲鳴をあげてるけれど、教えてくれる方も、他の方も親切なので頑張ります。
期間限定の仕事だから、そう長くはいないけれど、違った業種での経験がもてるってのは嬉しいなあ。

ああ・・それにしても風邪がにくい。。

我慢できるなら薬は飲まない方が体に後々いいらしいので、頑張ろう。

2010年9月22日水曜日

涙の理由~重松清と茂木健一郎の対談

小説家、重松清と茂木健一郎の対談
「涙の理由」

涙はなぜ流すのか、
どういう時に流すのか
自分の涙と他人の涙は同じか

論点の一つに、映画のCMによくある「泣ける!」という表現。
泣けるというのは能力、才能、可能性なのであり、「泣いた」と表現しないのはなぜか、と疑問を投げかけている。
みんなが泣くような映画であっても、その涙の理由は様々で、その場面を自分の経験と重ねて泣く人もいれば、ただ単にその場面がかわいそうだからってだけで泣いてしまう人もいる。
普段後者で涙を流す人も、他の映画では前者かもしれない。
涙の種類がその人によってさまざまなのに、なぜ一概に「泣ける」という可能性を押しつけるのだろうか。
そして、そういう映画を見に行く人たちは、わざわざお金を払って涙を流したいから行くのだろうか。目的が「涙」だって事なのだろうか。
「感動した」「悲しい」などと言葉に出せないような涙もある。
二人があげていたのは、西武の清原が、ジャイアンツに勝つ場面。ジャイアンツに行きたかったのに同じチームであり親友の桑田が選ばれ、自分は行く事ができなかった。その清原が、9回守り、2アウトの時に涙を見せた。
スポーツに必死になった経験がある人にはわかると思う。この涙の理由。でも、簡単に言葉には表せない。
2人はいう。色んな事が全て奇跡的にかちっとはまった時にこのような歴史に残るような重い涙が生まれる。
その涙と、映画で主人公がかわいそうっていう涙とは種類が違う。
別にどっちが良くてどっちが悪いって話ではない。ただ、前者は、重い。

私は映画でしょっちゅう泣くのだけど、いわゆるお涙ちょうだいもんには嫌気がさす。そう思わせた時点で駄作じゃないかと思うんだよね。
安易に余命がついた物語ばかり描いたりさ。ね、かわいそうでしょっていう。
生きるってのはそんな浅はかなものじゃないし、余命なんていうものは客を泣かせる為だけに使用するべきではない。それでも必死に生きている姿を描きたい!なんて、バカな理由をつけるけれど、じゃあ、ドキュメントでそれをやった場合と比較してみたらわかる。

きれいごと。

って感じ。

それはさておき、私はジュゼッペ・トルナトーレ監督が好きで、あの人の作る映画の空気感に弱い。
「New Cinema Paradise」で私は数回泣いてしまうのだが、特に、映写機を回すお爺さんが、外にあふれた客の為に映写機を外に向け、向いのビルの壁に映すところに泣く。
映像が綺麗。そして、その民衆とお爺さんの空気感。お爺さんのサービス。そういうものが全て暖かくて、ジーン・・とくる。あれはほんと、いい映画だ。

私の話はいいとして、この本はオススメです。
泣くという行為は他の動物には見られないもの。それはなぜだろうか?という事なども、この本の中で話しあっています。

2010年9月21日火曜日

Big issueイベント お台場 ④



9月12日に行われたBIG ISSUEイベント。

第2部でのホームレス3名と、茂木さん、佐野代表のトークセッション。
弱視が原因で職を追われ、ホームレスになった人は言います。


「職を追われたけど、それはしょうがないとも思う。会社を責める気持ちはない。でも、自分が悪いのか?って思うと、そこも納得もできない」


安易に会社が悪い、なんてかわいそうな事をするんだって考えるのは浅はかかもしれない。


でも、本当にその会社には弱視の人が働けるポジションは無かったのだろうか?という疑問も残る。


そこに、人と人とのつながりという、大切な事がごっそり抜けおちてしまっていると思う。


そして、それが今の社会の顕著な例かもしれない。


でも、その人はそれを乗り越えた。ホームレスにはなったけど、そこで大切な、人と人との繋がりを繋げる事ができている。


それは人生において成功への道を歩んでいると思う。


そして、ミニコミを作っているホームレス。


仕事はこうやれば楽しくできるんだって教わった気がする。毎日毎日与えられた事をやって、時間になれば帰って、時には会社の愚痴なんかを肴に飲んだりして。


仕事をしている時間が大半だっていうのに、そんな人生でいいのか?


楽しくやろうじゃないか!


そういう考えを教えてくれた。自分の工夫一つで何でも楽しくすることができる。それは些細な事からでいい。結果なんかすぐに出なくてもいいと思う。


もう一人の若めのホームレスも、口下手ながらもゆっくりと自分の意見を言う。


「人と話すのが楽しい」


人間関係が原因で仕事を辞めて東京に来てホームレスになった人の言葉とは思えない。今が辛くても、こういう言葉が出てくるのだから、この人たちはこの先どれだけの大きな幸せを掴めるだろうかと考えると、とても楽しくなる。


茂木さんは言う。


「この前さ、カラオケ行きたくてカラオケバーに行ったの。そしたらさあ、わけわからないオヤジがたくさん入ってきたわけ。んで店員の女性もいるんだけど、その人にオサワリしたくてしょうがないわけよ。何歌ってもチークダンスをしててさ。もう、オサワリしたくてしょうがないからチーク踊るの。でね、色々考えるんだよ。小さい頃って、周りに幸せを与えて、周りからも与えられて育ってくるわけ。なんかそういう事が頭の中をぱーっと駆け巡る」


そのわけわからんオジサン達にとって、女性は、皮膚であり、触る対象でしかないんですよ。その人の生い立ちとか、どういう性格だとか、そういうパーソナルな部分ってのはオジサンには関係なくて、触れる皮膚があればいいんだと。それを茂木さんは言いたいんだと思う。


私たちがホームレスを見ている時も、同じだと思う。「ホームレス」っていう一つのカテゴリーでしか見ていない。でもそこにはそれぞれの人生があり、それぞれの苦しみもある。


それを考えると、考えが全く変わってくる。


もし人生に苦しんだら、街頭でBig Issueを片手に頑張っているホームレスのおっちゃんに相談してみませんか?




以上私が感じたBig Issueイベントの感想でした。




また思いだしたら書くと思います。


そして、余談ですが、最後に佐野代表と茂木さんの、本を買ったらサインをくれるという素敵な事がありました。

将来、勉強したい事があると言った私にくれた佐野代表のサインにはこう書かれてました。

○○様(私のフルネーム)

夢は捨てないで!勉強頑張って!!


茂木さんのサインにはこう書かれていました。
うん、私、頑張ります。



2010年9月17日金曜日

Big issueイベント お台場 ③


2010年9月12日にお台場MEGA WEB TOYOTA ショールームで行われたBig Issueのイベント。

第二部「生き難い社会を生き抜く知恵と方法」

Big issue日本の代表 佐野章二氏と、茂木健一郎氏に加え、現在販売を行っているホームレスの人3名が追加された第二部。

どうしてホームレスになってしまったのかを3名が最初に話す。

一人は、先天性の弱視で、建築関連の会社で働いていたものの、視力が弱い事がばれ、クビになったあげく社員寮も追い出されてしまった。親もいなく、兄弟に頼る事もできなかったその人は、路上生活への扉をあけてしまったのである。

「自分はホームレスではない、この人たちと違うんだ」

って思っていたけど、生活が長くなるにつれ、自分をホームレスだと認識するようになった。

せめて、身なりで嫌われる事がないよう、清潔には気を遣っていたという。

もう一人は、仕事での人間関係に辛くなり、家を飛び出して、東京なら他にも仕事があるのではないかと来てしまったが、なかなか職を手にする事ができず、時々ある日払いのバイトをしながら路上生活という事になってしまった。

あとの一人も同じように人間関係が原因。

最初っからホームレスになろうと思って東京などの大都市に来るわけではなく、職を探しに来たけれども見つからない、誰にも頼れない、お金もなくなった、という事で、路上に寝るしかないとなる人が多い。

そして、お金を少しでも蓄えなければとBig issueを始める。

路上で雑誌を掲げていると色んな人が話しかけてくれるのだそうだ。

なじみの顔も多くなった。

自分の近況や、仕事場のストレスなどを話していくサラリーマンもいる。

そういう人たちと話をできるのが嬉しくて、買ってくれなくても嬉しいとみなさんは語る。

中には、小さい子を連れた家族で来られる方もいて、3歳位の少女が、

「おっちゃーん!また来たで!遊んでーー」

と、その人に会うのを楽しみにしているそうだ。路上で一緒に歌を歌った事もある。通行人の目がはずかしかったけど、段々慣れてきて、通行人の人の目もみんな笑顔だって事に気づいて、大きな声で二人で歌ったそうだ。

渋谷東急本店前で販売している一人は、雑誌の中にペラ一の自作ミニコミを入れて販売している。

題して

~ホームレスなおっちゃんの一日~

イベントに参加した青年が、就職活動中にBig issueを買い、このミニコミに出会って、勇気をもらったのだそうだ。

「僕はこの場を借りてそのお礼が言いたいです。本当にありがとうございました」

青年は見事就職する事ができた。

だって、Big issueを買うような志の高い若者で、しかもちゃんときちんとしたお礼を言える、こんな素晴らしい青年を採用しないなんてそんな事があったら企業がどうかしてる。

ミニコミを書いた「おっちゃん」も、

「そんな、こちらこそありがとうございます」

と、びっくりしていた。

このやり取りを見て、私は泣きそうになった。

会社での人間関係でホームレスになった人が、今こうやって人との絆を築いている。世の中、社会は悪い事ばかりではなく、こういう素晴らしい事も潜んでいるから、死んではいけないなって思う。


まだまだ長くなるので、続く。

2010年9月16日木曜日

最後の言葉


最後の言葉を交わす事のできない辛さって、あるのだろうな。


この今、この一瞬が最後になるって、


誰が知ることが出来たんだろう。


時間は同じように永遠に続くと思いがちだけど、


必ず変化は訪れる。


ただ、願わくば、


今でも幸せでいて欲しい。


どうか、苦しみもなく、幸せで、安心している事が、


もしわかる事ができたなら、


その時は自分も幸せに感じるだろう。




2010年9月14日火曜日

Big issueイベント お台場 ②

さあ、内容に入ります。
2010年9月12日に行われたBig issueイベント。

まず第一部

「Big issueの今とこれから」

最初にBig issue日本の代表、佐野章二さんの講演が15分程度。
佐野さんは言う。

ホームレスにはお金をあげるのは失礼になるのではないか?、もしそういう疑問を持っているのなら、それは取っ払ってお金をあげてほしい。実際に食べ物も、お金もないのだから、と。


そして、ホームレスは怠けているのではないかという先入観を考えなおしてほしい。一度ホームレスになってしまうと、そこから脱出するのは本当に大変で、住所もないから職を探してもなかなか無いし、年齢も考慮すると、就職先というのはほとんど見つける事ができない。

最初はBig issueは大赤字だったらしい。こんな事で本当にやっていけるのか?という事も言われた。でもここ数年で業績は上昇し、今では売り上げが出るようになってきたらしい。

佐野さんを始めとしたスタッフの頑張りでBig issueの認知度があがり、敏感な人たちがそれを購入し始めたのだろう。

一番面白かったのは、ホームレスである販売者に顧客が付くということ。その販売者に会って話がしたいから買いに行く人が多いそうだ。

人と人との絆って捨てたもんじゃないね。どんな境遇の違いがあったって、絆は生まれるんだから。

そして、茂木さんの講演。15分程度。


茂木さん、最初っからハイテンション。元々ハイテンションな人だから驚きもしないけれど、テレビの茂木さんしか知らない人はびっくりしていた。
「テレビと違う!!!」そう、こっちが本当です(笑)

テレビではおそらく大幅カットとなってしまうのでしょう。でも、まあ、それもわかる(笑)と言いたくなるようなしょっぱなの話。

新宿駅西口構内に、ホームレスの滞在を防ぐためと思われるオブジェがあるのだそうだ。

「もうさあ、こーんな、こうなって、こういう(竹を割った切り口みたいな仕草)こんな変なだっさいオブジェがさ(怒)、おいてあんだよ。あいつら(おそらく新宿区の役人)バカなんだよ。くだらねえんだよ(怒)!!そんな金使うんだったらさあ、ホームレス救済の方に使えってんだよ!!!もう、こーんなさ!!もうね、みんなね、それを写真にとって、ネットにあげてさ、この国のおかしさを見せてやったらいいんだよ!!!」

と、そんな感じの内容をこんな感じでおっしゃっておりました。


確かに。そのオブジェがいくらしたのかはわからないけれど、そのお金を彼らに投資したら彼らはどれだけ過ごしやすい生活を送る事ができるでしょうか。


新宿区役所(なのかな?)の方たちの考えもわからないではありません。多分苦情もたくさんきてるんでしょう。でもね、最後の対談で茂木さんも言っていたけれど、その行動は「ホームレス」っていうカテゴリーだけで判断してるのであって、個人の人という認識はされていないっていう事の現れだと思うんです。

ホームレスは個人の人なのです。その中に怠けている人もいれば、頑張ってる人もいるんです。

どうかそこをいっしょくたにしないであげてほしい。

そして、佐野さんと茂木さんの対談。


ホームレスはベンチャーのベンダーなのであるという、新しい事を知りました。

雑誌をBig issueから、大体今日は天気がこうだからこれくら売れるだろう、と判断し、販売者が仕入れるのだそうだ。それを買い取り、路上で売る。その売り上げの半分強が本人たちに入る。

余った雑誌はバックナンバーに替えられるので、それを販売する事もできる。
ホームレスの販売者が自分で経営利益を考えて、自分で仕入れて売っているという事。それはとても大切な事ですよね。単なる支援ではないんです。業務提携なんです。

それを知った茂木さんは、かなり感激の様子。「それはすごい!」と感心していました。

やり手の販売者もいるようで、一番売れているのは目白の駅前で販売している人なのだそうです。
なぜに目白?と思うけれど、その人がやりてだから、という事。

やりてのホームレスってのが面白くて、ちょっと目白で買ってみたくなりました。

Big issueで利益を上げて、ホームレス卒業した人は1000人以上いるらしい。


私は思うんだ。


どん底の経験して、そこから這い上がった人って、絶対に強い。すごく大事な物を得られて、それは自分の中で大きな糧となっているはず。
だから、苦労って、悪い事ではないんだなあって思い、本当にこういう話を聞いて勇気をもらいます。


第二部はまた後で書きます。


第二部ではうかつだ。。。泣いてしまいました。

人間って、本当に、良い。

2010年9月13日月曜日

Big issueイベント お台場 ①

私がBig issueに興味を持ったのは数年前の通勤途中でした。

市ヶ谷駅でいつも売っているのをみて、自分が買う事で彼の援助になるならと思ったけど、天性の人見知りを発揮し購入する事はありませんでした。

そして、東京を離れ、田舎に来ると、そうそうホームレスを見かける事もないので、雑誌の事は忘れていきました。

その間も、誰かを助ける仕事とかにつけないかなあなんて思ってたりしてる中、マザーテレサの事を書いた本を図書館から借りました。


その中の言葉。


「日本は、インドの恵まれない人を助けるよりも、身近にいる人を(この場合ホームレス)助けてあげてください。一番悲しいのは、貧しさではなく、相手にされない、忘れられているという事です」


マザーは、もう死ぬとわかってる人を諦めるのではなく、せめて最後だけでも人として、あなたは必要なんですよという事を教えてあげたいのだという。


それを読んで思った。


そうか・・・今まで日本は安全で、海外の恵まれない人にばかり目が行っていたけど、身近にいるじゃないか。身近にいる人を助ける事ができなくて、どうして海外の人を助ける事ができるんだろう。


助けるって少し大げさかもしれない。自分の今できる範囲で、何かちょっとでも楽になる事があるならと思って、まずはこのイベントに参加しました。
13時から。お台場MEGAWEB TOYOTAのショールームにて。
ショールーム内を軽く区切ってイベントは行われた。

ゲストは茂木健一郎氏。

第一部~BIG ISSUEの今とこれから。
BIG iSSUE JAPAN代表の佐野章二さんのトーク~茂木さんのトーク~二人の対談


第二部~生き難い社会を生き抜く知恵と方法
BIG ISSUE販売者3名を交えて、5人での談話。


詳しい事はまた次に書きますが、ホームレスへの考え方が変わっただけでなく、自分の未来の考え方なども大きく変わったと思うイベントでした。

2010年9月10日金曜日

Big issue販売者がキロロを聞く(笑)

ホームレス支援雑誌、Big issue.
イギリス発信の雑誌です。
日本でも色々な駅でホームレスの人が販売しています。
そこの事務局の人がTwitterでつぶやいてました。

販売者さんが事務所に雑誌を引き取りに来た時に、PCでキロロを聞いていた。
早く販売に行ってくださいよー(笑)

って感じの書き込み。
何聞いていたのかなあ。
「未来へ」を聞いていたのかなあ。

♪ほら 足元を見てごらん、これがあなたの歩む道
 ほら 前を見てごらん あれがあなたの未来

私も何度もこの歌の歌詞に勇気づけられたものです。
自分は今何やっているんだろう。
何もやっていないのではないか。
本当に私はこのままでいいのか。

その問いの答えは自分でしか出せません。
でも、そう悩む時間もとても大切な事だと思うのです。
そういう悩みに、この歌は、未来がある事を教えてくれる。

ホームレスの人がBig issueを販売する事を決意した裏側には、
必ずこのような自問自答があったはずです。
全く私とおんなじ。
そして、販売を決意したという事は、前に進もうとしているという事です。

今は辛い、
でも必ずその先には未来がある。

前に進もうとしている姿は見ているだけで心を打ちます。
本人は意識していないにも関わらず、
見ているだけで、私も頑張ろうと思わせてくれます。

前に、病院での検査結果で、可能性として聞いた事もないような癌を示唆された時、
閉まる直前の病院のロビーに置いてあるテレビで、安藤美姫が一生懸命にスケートをしているのを見ました。
もうそれだけで、
そうだね、あきらめちゃいけないねって思って、心の底から安藤美姫に感謝しました。

頑張ってる人には手を差し伸べたい。
そういう人から前向きな力をもらえるから。

そういう気持ちで、12日のBig issueイベント、行ってきます。

2010年9月8日水曜日

黒子

ほ・・・・

ほ・・・・

ほーたる・・・・



じゃない!

ホクロが取れたーーーーー!!!



ある時からずっと左のこめかみにホクロがあったんですよ。

ちょっとでっぱってて、

あー私もでっぱるホクロが出来たかあなんて思って早幾歳。

数日前からどうもその様子がおかしい。

あれ?なんかホクロから黒い物が出てきてないか?

でもホクロを無理に取るのは良くないと言うし、

どーしたもんだべか・・・(壬生義士伝の読みすぎ)

と思ってたところ、

なんと!その黒いものが出てきて取れてしまった!!

皮膚の下から!

取れた跡はうっすらシミのような感じになっている。

何これ!?

人体とは不可思議なり。まだまだわからない事がたくさんだ!



今月は忙しい。

日曜日はお台場でBig issueのホームレス救済に関するイベントに参加してきますっ!

憧れの茂木健一郎様に会える・・・



私市ヶ谷に仕事で通ってた時から、ずっとBig issue が気になってました。

ホームレスの人がその雑誌を掲げながら販売をしている。

私は元来病的な人見知りなので、その人にちょうだいとも言えず、

ずーっとグルグルグルグル微妙な距離を保ちながら気配をうかがっていたのでございます。

人見知りは人生のチャンスを逃す!

なので、今回自分への荒療治も兼ねてこのイベントに参加することを決意。

なんと、後半茂木さんとトークセッションできるシートも予約しました。

人見知りの激しい私が、あんなお人とお話できる(まあそのシートには150人いるのですが)場所にいるなんて・・・・

こうやって自分を追い詰めて先へ行かせるのが私のやり方です。



頑張るぞ!

でも、気が重い。。。。



いや、でも頑張るぞ!



もはやタイトルのホクロなんてどーでも良くなっている気が。。。

2010年9月7日火曜日

「死刑でいいです」

少年犯罪の本を読んだ。
題名は「死刑でいいです」
2002年におこった母親殺害事件、2005年の姉妹殺害放火事件、その犯人である山地悠紀夫の詳細が記された本です。
争点となるのは、山地が精神的な疾患があるかどうか。
また、それが人格障害か、先天的なアスペルガー症候群かどうか。
その本は切に訴える。
人格障害であろうとアスペルガー症候群であろうと、それだけで犯罪を犯しているという事ではない。
山地の場合、その生い立ちに非常に問題があり、父親の早世、母親の育児放棄、そこから来る苦しみなどが根本的にあり、犯罪にいたらしめている。
ただ、母親の育児放棄は本当にあったのかどうかは疑問が残るところ。山地は服も買ってもらえずご飯もちゃんと作ってもらえず・・・と言うが、周りからは服もちゃんと母親が用足してきてるのを見ている。
少し被害妄想もあったのだろうか?
好きになった彼女との中を邪魔されそうになったり、新聞配達で貯めた金を母親に勝手に使われたりという事が彼にストレスを与えるが、山地はこうも言っている。
「もし母親が借金で大変だという事を言ってくれたら、自分はそれを助けようと思った」

そして、母親をバットで嬲り殺しにし、少年院に入る。そこでの生活は山地にとっては快適だったようだ。
しかし、退院後、両親もいない山地は路頭に迷う。親戚の人のお世話になるも、その人から悪い道を紹介されてしまう。そこからまた彼の転落人生が始まり、その色々の結果、面識のない若い姉妹を残忍な方法で殺害するに至る。
なぜ二人を殺したのかは未だ疑問が残るところ。多分本人にもわからなかったのではないだろうか。
どういう生い立ちを持とうと、どういう理由があろうと、罪のない人を殺すのは許せる事ではない。

また逮捕され、少年鑑別所に留置される。そこで彼が望んだのは死刑。
おそらく、死にたかったから姉妹を殺したわけではない。死にたくて死にたくてしょうがないという事でもなかったと思う。
「殺した事に反省はしないけれど、自分は生まれてくるべきではかった、存在そのものがあるべきではなかった」
という趣旨の事を手紙に書いている。
彼は幸せにはなりたかったのだとは思う。けれど、どうしてこういう道へ行ってしまうのか、自分はどうしてこういう行動をしてしまうのかが全く理解できていなかったのではないだろうか。
自分で自分を理解できない、これが山地の苦しみ。

数年後、彼は死刑になる。
殺人は絶対にしてはいけないこと。死刑になるのは当然だと思う。
その反面、自分の存在そのものがあるべきではなかったという心情はあまりに悲惨。
この筆者も、どうにかして犯罪をしないですむ方法はなかったのか?という事で苦しんでいる。

難しいね。人の心って。生い立ちが悪いからといっても、立派に生きている人はごまんといる。
私個人の意見としては、生い立ちがどうであろうと生きるのは自分。そこに甘えてはいけないって思う。
でも、生い立ちがその人の性格を曲げてしまうのも確かにある事実。
どうすればよかったのか、その答えは、なかなか出そうにもない。

2010年9月6日月曜日

いわき散策

単発で競輪所でバイトするため、片道2時間半かけて車でいわきまで行ってきました。
友達の家に泊まらせてもらったので、その友達とバイトの次の日、全然疲れが取れない体に鞭を打ちながらいわき散策へ。
いわきの国宝、白水阿弥陀如来堂へ行く。
結構大きな敷地があり、沼をメインとした日本式庭園が広がっている


蓮の花が綺麗に咲いていて、ああ極楽浄土っていうのはこういう場所なのだろうなあと感慨にふける。

太鼓橋を渡ると、国宝の阿弥陀如来像が安置されている堂へ。

ああ、いつもデジカメ持っているようにしようって思ってたのに、見事忘れた自分が嫌になる。
この阿弥陀如来は、奥州藤原氏の娘がこの土地に嫁ぎ、夫の為に作らせたものだそうです。
かなり長い年月がたち、途中荒廃してしまったのもあって御堂の中に装飾はありません。
おそらくこのような装飾が施されていたのだろう、という研究のもとに、彩色したものをその場所の下に展示してある程度。
でも、私は何より古いものが好きなので、そのように荒廃した姿、色があせて鈍色に変ってしまった阿弥陀如来像や御堂に何か重厚感を感じます。
それを見ながら、なぜ荒廃したのか、世の移り変わりなどを想像するのが歴史の楽しみ方の醍醐味だと思っています。
そこを離れたあと、近くにある昔の炭鉱跡を見学しに行きました。
地層には石炭の層もあるんだねえ。どのように発掘されるのか全然知らなかったので感心。
炭鉱時代の数多くの写真や、道具などが展示されていたので、それを見学。
女性も働いていたのだそうで、炭鉱の中の暑さに耐えられず上半身裸で男性と一緒に働いている。
恥ずかしいなぞ言っていられない、そんな厳しい労働だったんですね。
でも、写真の中のみんなは笑顔。仕事って、辛さとやる気は反比例するとは限らない、という証拠を見た瞬間でした。
人に歴史あり。自然にも歴史あり。
観光名所とは言い難い場所を歩くのもまた面白い。
松尾芭蕉みたいな人生送りたいなあ・・・




2010年9月2日木曜日

初の派遣登録。

単発バイトの派遣の登録はしてるけど、
普通の長期の仕事のは初めて。
なのでスタッフサービス行ってきました。
でも、ここのは登録だけなので、仕事の話はできなくて、
スキルのチェックもされなくて、
タイピングテストをいきなり説明もなくさせられて、
何が何やらチンプンカンプンでした。
登録だけとはいえ、今までの仕事の内容とかチェックしたらいいのに。。。
んで家に帰ったら仕事の紹介の電話がかかってきた。
ここのシステムは、いくつか条件に合うようなものを紹介して、
それに応募するって感じ。
紹介されたからといってそこに働けるという事ではなく、
あくまでも私の条件や経験にあった仕事はこれですっていう電話の内容。
とりあえず2件エントリーしました。
一つは病院の中の仕事。これが今一番やりたい!!!でも既にエントリーしてる人の中で数人病院の勤務経験者がいるから難しいだろうとのこと。
あとは営業事務。
今までの仕事の事をこの電話で初めて聞かれたんだけど、
私が今までやってたのは普通の事務ではなく、普通の事務プラス営業事務を兼ねたものだったらしい。
一般事務だと思ってました。。。
だって、最初の会社では事務一人しかいなかったし。。。
知らない事っていっぱいあるんですなあ。
話してると、
え!!!こんな事がスキルになるわけ!?
の連続でした。
だって、伝票の出し方とか仕事によってさまざまだから、その会社での経験があったって、他の会社では通用しないんじゃないのかなあ・・・
でもそれも記載されたので、一応利点という事になりました。
あーーー病院の事務が決まりたい。。。。
前に病気平癒の祈願をした神社の「合格祈願」のお守りに願いをかけます!
あの神社も大変だ。
ことあるごとに私に来られて。

2010年8月31日火曜日

退院後の生活

やっと退院だーという時に、先生から、
「もうあと再発しても手術はこれ以上できないですから、薬で様子見るしかないですね。あとは1年膀胱鏡で検査し続けて終わりですよ」
手術できないってのは私には嬉しい。
でも・・・1年膀胱鏡って、そんな・・・さすが先生に宿命なんだからあきらめろと言われただけの事はある。ここまで続くんすね。。。
とりあえずめでたく退院した。看護師さんにお礼を言って、母親の車へ向かう。久しぶりの病院の外だーーー!4月だったので桜もちらほら咲き始めていた。そこで気づく。
あ・・・私速く歩けない・・・
院内では気付かなかったけど、外を歩くと気付く。車に乗ってても、ちょっとした段差で、いて・・・いててて・・・となる。
でも、外っていい!
手術の傷の周りが傷を治そうと神経過敏になるそうで、傷よりも周り一面がヒリヒリして痛い。なので、もちろんGパンは履けないので、ゆるゆるのスエットを数日後に買いに行った。
そう、そこから私のワンピース作りが始まるのである。ワンピースなら体を締め付ける事無く着られるからね。
転んでもただでは起き上がらないぜ。昔仕事で謝罪に行った先の人にも言われたさ。
「謝りに来るのはあなた仕事だから、私が行くのはしょうがないって思ってるとしたら、その若さでそう悟るのはまだまだ早いよ。転んでも必ず何か拾って立ち上がったらいい。だからあなたせっかくこんな遠くまで来たのだから、色々体験させてあげるよ」
といって、海につれてってくれたり、そこの施設の貴重な体験とか、またそれを写真で撮影してくれた。
おじさん!ありがとう!とても素敵な経験になりました!
その精神にのっとり、この病気も退院する頃には、とてもいい勉強の材料となりました。
そして、7月の術後初の内視鏡検査で、なんと!なんと奇跡の事が!
いつものように内視鏡が入る感じのいやーな感覚に耐えていると、あの怖い、冷たい、でも、いい先生が声をあげている。
「え!!!見てください、とても綺麗ですよ」
でも、私は苦しいので、ああそうですかというと、
「いや、こっちを見てください!こんなに綺麗ですよ!!!」
そこには、切り取られた所はあるものの、白い、血管の浮き出た美しい膀胱の中が映し出されていた。
私は美膀胱を手に入れたのである。
先生もびっくりの綺麗さと回復ぶりだったので、イエーイ!その後の経過観察無しとなりました!
半年後に来ますか?と言われたけど、これ以上膀胱鏡やりたくねーっす。症状が出てきたら行きますという事にした。
帰りの車の中で大泣きしました。血尿でたって、いくら心配したって、体は懸命に治ろうとしてくれる。
なんてけなげなんだろうって。信じてあげられなくてごめんな。そして、こんなに切られるような事にしてしまってごめん。
目の前がぱーっと明るくなった。今まで、手術までの日々も苦しかったし、再発するかもと思ってた日々も、色んなかせを自分の生活にはめていたのでそういう事も苦しかったし。でもそれがなくなって、ぱーっと、あーなんでもできるって幸せだ!って思いました。
ま、今もなぜか時期によって血が出る事はあるんだけど、もういいや。それが私の体なんだろう。
退院後から、まだ体力は完全には戻ってないけれど、退院直後のあのすごい体力の無さから比べれば普通の健康な人の範囲内(あの当時は周りからガリガリになったと言われたし)。今までがスタミナあり過ぎたんだ。

2010年8月30日月曜日

面接

今日面接に行ってきた。
やっぱり仕事の話ってのは聞かないとわからないものだ。
ずっとデスクワークだとは思ってなかったけど、こんなに肉体労働だとも思ってなく。
肉体労働は嫌いではないからいいけど、術後の体をまだそこまで酷使したことないから自信はない。
でも、受かったらやってみようかなあ。
そこまで肉体労働ならおそらく男性を採用するかと思われる。
期間限定のものだし。
2~3日後に結果が通知されるから、受かるならやってみよう。

男女雇用均等法とか、そういう色々な事で、求人の紙っていうのはあまりあてにならない事になっている。
実際男性がほしい、女性がほしいって書けないもんだから、性別不問だけど、ふたをあけてみたらどっちかしか最初っからいらないとか、年齢も何歳までって書くとハローワークの場合詳細なスキルなどの条件をつけられなくなるとかで、不問にしとくけれど、実際20代しかいらないとか。
そういうの、書いていい事にしませんか?
履歴書書くのも体力いるし、面接するならやっぱり受かりたいって思うし。
それを今更性別とか年齢とかで落とされたくないしねえ。
表面上の均等ならいらないと思います。

そこから、子供への配慮の問題なども考えてしまいました。
幼稚園では今主人公は何人も出てくるらしい。
もも太郎が数人出てきて鬼を退治するっていう。
一人に絞ると他の子供との差別が出るからだそうで。。。
こだわる所が違う・・・と思います。
そんな表面上の事で対処をするからわけわからない事になるんだよなあ。
運動会のかけっこに順番をつけないとか、
だったらオリンピックへの参加もやめちゃえばいいのに。
そんな事で文句を言うモンスターペアレンツなるものがいるから
そうなってしまうのだろうか。
でも、そんな人たちにちゃんと反論できないのも何とも情けない。

最近、少年犯罪の本を読んだものだから、子供の育て方って
難しいとは思ったけれども、これはあきらかにナンセンス。

みんなどこかに被害者意識を持ちながら生活しているのかなあ。

この面接がダメだったら、派遣にでも入ってみようかな。

2010年8月28日土曜日

壬生義士伝

だいぶ昔の年末10時間ドラマで壬生義士伝を見てから新撰組にはまりだした。
中井貴一主演の映画もあるけれど、渡辺謙主演のドラマの方がはるかにできはいい。
あの物語を2時間にまとめようとするのがまず無理がある。
内容は、新撰組の隊士、吉村貫一郎が主人公。盛岡南部藩を脱藩し、盛岡に残してきた家族を養う為に京都で新撰組に入隊する。お金に貪欲なところから周りからは守銭奴と呼ばれバカにされたりもした。腕も非常にたつので、取り調べ役監査という役職に就く。
そこで戊辰戦争がおこり、隊士散り散りになり新撰組含む幕府軍はどんどん追い込まれた。
大阪でここを最後に討ち死にしようとみんなで決心するが、吉村は死にきれず、大阪の蔵屋敷通りに煌煌と光る南部藩の向かい鶴の家紋の入る蔵の前で命乞いをする。
その蔵の責任者である差配役、大野次郎衛門は幼少のころからの友人だったが、脱藩し、しかも新撰組である吉村は切腹を命じられる。
この物語のテーマはいくつかある。
一つは、「家族」そして「友情」
そして、もうひとつは「米」
吉村にとっての米とは、故郷盛岡であり、家族であった。
時代の流れとはいえ、正義だったものがいきなり悪者にとってかわってしまう。
大野次郎衛門もその流れに逆らえず、討幕軍が勝利すると、賊軍として斬首される身となった。
その時に初めて母親へ吐露する感情。大切な無二の友達に切腹をさせてしまった事への憤り。
それを聞いた母親の、
「ようやった、小さい頃は弱虫だったおめさんが、ようやった。母は褒めてやる。」
に泣けた。。。
それを見守っていた使用人の佐助がその事を振り返る。
「いつまでたっても母親には褒めてもらいたいものなんです」

浅田次郎は、ちょっと文章がくさくて首をひねってしまう所もあるけれども、言葉が非常にいい。
生きるってなんだろう、
家族を守るってなんだろう、
日本人にとっての米ってなんだろう。
なんとも言えない郷愁が読後に漂う作品です。

パンもいいけど、日本人なら米を食え!
体にもそれがいいの。
ずっと昔からお米を食べてきた民族なんだから。

霊感

数日前、母がいきなり自分は霊感があると言いだした。
なんていうカミングアウトだ・・・今更。
ある冬の日、障子の向こうを男の人の影が歩いていたそうだ。
何かと思って見ても誰もいない。
そして、今年の初めに入院中だった父親の友達が亡くなった。
その事を知らずに母が、
「今日、あそこの道でを車で走っててさあ、道を譲ろうと思って手前で待ってたら、来た車が○○さんのだったんだ。車もそうだし、中にも乗っててね。でも入院中だよね?人違いにしては車も顔もそうだったんだけど」
と言ったところに父親が帰ってきて、
「○○さん、亡くなったって。」
ときたもんだからびっくりだ。
そして、カミングアウトするきっかけとなったできごとがこれ。
数日前、近所の車の解体場に置いてあった車に人が乗っていたのだそうだ。
なんだおかしいなと思って見てもまだ乗っている。
そして、一瞬他の方を見た隙に消えてしまったらしい。
「あれは事故車じゃないのかなあ?」
と言っている。
信じるか信じないかはあなた次第(笑)
でも、家で見たとか、ほんとやめてほしい。
いないと信じているんだから。

2010年8月27日金曜日

ニュージーランド一人旅行Welington to Taupo

Welingtonを昼に出発。日本で言う高速バスに乗ってTaupoへ。
ニュージーランドには高速道路はないんです。だから高速バスとは言えないんだけど、
電車もほとんど走ってないから、こういうバスに乗って長距離は移動します。
日本の高速バスと違うのは、ちょいちょい道の駅みたいなところで休憩をするということ。

今回は道沿いにあるかわいい喫茶店で45分の休憩。


喫茶店の横は牧場になっていた。アルパカとか羊を横目に見ながら紅茶を飲む。
こっちでは、ちょっと田舎に行くとこういう喫茶店と牧場が一緒になっているのを見かける。
だからといって、別に牧場で得られた何かでスイーツ出したりなどは皆無。

なんで!?

WelingtonからTaupoは北島の半分近くを縦断するので、結構時間がかかる。
途中、行きたかったトンガリロ国立公園を通過(涙)

なんやらこの写真ではよくわかりませんが、バス高速で走行中なのであしからず。
大自然の草原です。
この奥に火山があるんだけど、そこまでは見えず。
フロンティア!!!っていう雰囲気が漂っていました。
(多分、私が思い描くフロンティアは、銀河鉄道999のヘビーメルダーの星の風景とか、やはり松本零二の漫画のガンフロンティアの影響が強い。ので、荒野だと思ってください)
そんなこんなで途中ニュージーランド屈指の温泉観光地、Rotoruaを通過し、Taupo到着。
ここではモーターホテル、略してモーテルに泊る。
モーテルはいいですよ。キッチンついたビジネスより広めの部屋のホテルです。
街中まで歩いて15分。夕飯を求めに行き、タイ料理屋に入る。
「お!日本人?これがオススメだよっ!」
とお客に言われ、人見知りなので、
「あ。。。ありがとう。。」と言って会話を終わらせた。
買ったのは確かご飯とタイ風焼きそばだったかな?
さあ!明日は念願のジェットボートだ!
Taupoでは2泊します。

2010年8月26日木曜日

ニュージーランド一人旅行Nelson to Welington

ネルソンの友達の泊まっているsurf hostelまでタクシーに来てもらい、朝6時50分に出発。
友人3人に見送られながら、一人北島へ向かう為にフェリーのあるpicton行きのバス停へ。
1時間半位でpictonに到着。ここには前に一度来た事あるけれど、小さなかわいい港町。



フェリーターミナルでチェックインをすまし、そこから歩いて5分位の商店街でお茶をした。
ああ。。。一人で旅してるわあ。。。と実感。

そして時間になり、フェリーへ。

pictonからwelingtonまで3時間位?のフェリーの旅。



思ったよりもフェリーが大きく、中にはバーやらレストランやらの施設がある。

レストランで軽く食べて、屋上にあがりそこからずっと海を見ていた。

するとアナウンスで


「外にイルカが泳いでいますよ」


なに!!!ここでもイルカに遭遇できるとは!
見ると確かにイルカが5頭ほど船の近くを泳いでいる。


サヨナラ!イルカよ!!ありがとう南島!!!


ゆっくりゆっくりした速さで船はwelingtonへ。


残念ながらwelingtonは雨だった。タクシーでホテルへ。


ここには一泊しかする予定はない。首都だってのにね。

夜は近所の中華料理屋でチャーハンらしきものを持ち帰りにしてホテルで食べた。


友人は前にここを非常に気にいったと言っていたので、次の日も雨だったけど街を散策。
南島の街の雰囲気とは全然違う。小さい街ながらもそこそこ高いビルが並ぶ。
南島の街は、低い建物が多い。ほとんどが1階か2階だてじゃないだろうか。


商店街をずっと歩いていても、さして面白いものは見つからない。


政治的な建物あたりはいいよと、前に友人から言われたけれども、

うーん。。。別になんて事ないかなあ?
もっと長く滞在したらまた違うのだろうな。

街の規模はクライストチャーチよりもだいぶ小さい。山があるからだろうか?
山に追われた小さな港町っていうイメージ。

首都だけど。

welingtonを昼のバスで出て、Taupoへ出発!
ほんとは途中にある噴火口とかが見られるトンガリロ国立公園に行きたかったけど、
時期が悪いみたいで、交通手段無し。
なのであきらめました。
レンタカーでいけばいいんだけどね。
一人で登山ってのもちょっと心配だしってことで。

Taupoでは念願のフカ滝ジェットボートに乗る、